伝えたい思いが歌になる -9ページ目

漫々亭

大宮にある漫々亭がついに閉店してしまった。夫婦で35年間店をやっててさ店主のおじいちゃん(70後半かな)がいつも俺に「さいたまのソウルフード スタミナラーメン」を出してくれた。

いや違う、俺があの独特なスタミナを食べたいから、顔馴染みでもない俺がひょっこり、店に入って注文して食らう。今年の6月頃かな食べに行ったのはそれが最後だったかな。
黄色いチャリンコで4駅走って。


沢山のファンがいました。ご夫婦共々長い間お疲れ様でした。

22歳インドへ①

そう!!大学3年の2月、42日間のインド1周旅に出た22歳。発展途上のオレが発展途上国に行きたかった、他の国は選択肢に入らなかった、そうインド以外は🍛

また、高校時代から使い古したジャージ、トレーナー、ジーンズ等沢山バックに詰めて物々交換しに行こうというというのも理由。
物価が日本の7分の1程で、実際にトレーナー渡すと安宿(ゲストハウス)も値引いてくれたり。
もうね「さすらい全国」の出来事とは全く違うインドでの出来事を何段に分けてお届けしたいと思います🍛

もうね、出発する1週間前にはね、成田空港で乗る予定のエアインディアの飛行機が小火です、とTVでやってて少し焦った🛩
インドでの写真が30枚程あるので今度載せてお届けします🎡

さすらい奏でますツアー⑤

その石垣島のアヤパニモール(今は名前が違うかも)というアーケードで歌って地元の人達に聞いてもらったなぁ、、いや内地からの人が沢山来てたな、観光ホテルなどで仕事しながら住み込みロングステイ中の同年代の若者と出会ったり。
石垣島で一番の大きな出会いがありました。由紀子さんです。俺みたいな風来坊やら放浪中の旅人達やらを旅館みたいな長屋みたいな、みんな居候してるところに俺も快く泊めてくれた。
ほんとてつおみたいな自由人で好きなことしかやらずにちょっとあたまのヨワイ😅てつおをうちにおいでと引っ張ってくれてほんと嬉しくて。同年代の男女10人位いたかなみんなとフレンドリーになって、東京人なのに出会ったみんなは、ほぼほぼウミンチュと化していて、連れてってくれた結構沖の海の中では、素潜りでマンタ見たり、すげー体験させてもらった。まぁ俺も水泳やってて小5の時浦和市内で

クロール5位だった、、とは言え!!みんなスイスイ沖まで、素潜りも深く、凄かった。

由紀子さん2年前のライブにも来てくれました。

その後竹富島にも行った。ここはチャリンコで1周出来る位小さな島。星砂ビーチだったかなこんな名前じゃないけど、、砂浜の1つ1つが星形なの。泳いで遊んでサンゴもあったりしてたかなもう20年前だから記憶が曖昧ですが。右足のかかとに激痛が走ってどうやら尖ったサンゴを踏んだらしい。


石垣に戻って沖縄本島に戻ってライブ活動しててもかかとが痛くて、でもそのサンゴのトゲがかかとから肉に押されて出てきそうだ。爪で引っこ抜いた、結構長かった💦、!ようやく痛みから解放される。

そうしたらさんごの一番最後に出てきたのがひとかけらの、砂。それがその星形の砂でした。竹富島のお土産でした。旅の途中まで保管してたけど無くしたっけ。
でもそれよりも沢山の出会いがまだまだ待っていたのです。