人間の堕落を知的な面から見れば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味するのである。しかるに、人間は、心と体との内外両面からなっているので、知的な面においても、内外両面の知をもっているわけである。したがって、無知にも、内的な無知と外的な無知との二種類がある。内的な無知とは、宗教的にいえば、霊的無知をいうのであって、人間はどこから来たのか、生の目的とは何か、死後はいったいどうなるのか、更に進んで、来世や神などというものは果たして存在するのか、また既に述べたように、善とか悪とかいうものはいったい何なのかなどという問題に対する無知をいうのである。また、もう一つの外的な無知とは、人間の肉身をはじめとする自然界に対する無知をいうのであり、すべての物質世界の根本は何であるか、また、それらのすべての現象は各々どのような法則によって生ずるのか、という問題などに対する無知をいうのである。人間は有史以来今日に至るまで、休むことなく、無知から知へと、無知を克服しようとして真理を探し求めてきた。その際、内的無知を克服して内的知に至る道を見いだすべく内的真理を探求してきたのがすなわち宗教であり、外的無知を克服して外的知への道を見いだすべく外的真理を探求してきたのが科学なのである。このような角度から理解すれば、宗教と科学とは、人生の両面の無知を克服して両面の知に至る道を見いだすべく両面の真理をそれぞれ探求する手段であったということを知ることができるのである。それゆえに、人間がこのような無知から完全に解放されて、本心の欲望が指向する善の方向へのみ進み、永遠の幸福を獲得するためには、宗教と科学とが統一された一つの課題として解決され、内外両面の真理が相通ずるようにならなければならないのである。

 

(以上引用)

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私が初めてみ言を聞いてからももう20数年、

世の中ずいぶんすごく発達して、AIがなんでもやってくれる世界もすぐきちゃいそうだが..

 

今日は

内的真理探求と外的真理探求 宗教と科学っていう話ですが

 

初めて聞いたときは、なんで宗教と科学?なんの関連?って思ったりした気もするんですが、

 

 

息子が今、

量子力学や波動方程式を習っている、という話をする。

数字のことは難しくて私なんぞには訳のわからないことだが、、

 

色不異空      空不異色
色即是空      空即是色

受想行識      亦復如是

 

般若心経で仰るところの

”視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、物質世界、そして心の想い、念、といったものは

あっても空であり、空であっても存在する”

 

複数の状態が同時に存在するという

シュレーティンガーの猫

 

人間の想念がそこに存在させているのであり、

人間の想念が存在を決定する、というのは

 

量子力学がそれを証明しているんだよなぁ

 

 

今日もよい一日を!ありがとうございます。