いろいろなニュースを見ていて思い出したのですが


高校生の時の修学旅行は  “東北” でした。


松島を見ていて 「あそこ行ったな~。」


「行ったけど、小さすぎて自由行動の間に見学しなくちゃいけないのに通り過ぎちゃったな~ダウン」 って


記憶が甦りました。


他には、石川啄木が教師をしていた 渋民村の“渋民小学校” とか


高村光太郎がチエコと暮らした家 とか


宮沢賢治の ・ ・ ・ 何か ・ ・ ・ しょぼん 忘れた あせる


あと 田沢湖 も 行ったような気がする。


文学少女でもなかったのに


修学旅行に行く前に


昔の人が書いた本を読まされて


その価値もわからないまま、その地を歩いていました。


今だったら、もっと理解できそうな気がします。

おととい、ネットのニュースで


管総理が谷垣総裁に入閣を以来したら


断られた。


というのを見て、 何かの間違いじゃないか? と思っていました。


管さんが谷垣さんに協力を頼むなんて・・・。


という意味ではなく


こんな時には  ガッチリ組んでくれるはず、断るアホはいないだろう。


と思いました。


が   自民党のHPを覘いてみると


『副総理兼防災担当で入閣して欲しい』 と以来があった。


と書かれている。


そして断った理由が続いていた。


災害が起きる前の政治は、与党・野党バラバラ(これはいつもの事)だけでなく


与党内もバラバラで・・・。


名古屋市の市会議員の選挙は過半数を取っていた民主党は第4党に落ち


聞いた事の無い政党(ほとんど素人)が過半数近くに達して


今、民主党と協力しても魅力は無いかもしれませんが


日本の為に国会議員になったのなら


入閣した方が、早く意見も届くと思うし


今までのキャリアを生かして復興に力を貸して欲しい。


と思っているのは、管さんだけではないハズです。


どーかしてるぜドンッ

自分に出来る事を・・・。と思って出掛けたら


そこに遼君が


harmonyのブログ-2011031820270000.jpg

ちょっと ふっくらしてる


4年ぶりに行った献血ルーム


時間より一時間も早く行ったのに


もう10人ほど部屋の中にいました。


受付に行くと


“お時間があったら成分献血お願いできますか?”


モチロン YES


後から来た人も全員そう答えていたわ!


血液検査と問診をして いざ献血


20くらいある台がすべて埋っていたわ。


終了した時に


“これから血液が足りなくなると思うんです。


 2週間あければ可能なので


 また来てくれますか?”  って


ハイ  と答えましたが


1ヵ月くらい後にしようかな。


待合室に出て行くと


さらに人が増えていた。


日本が回復するまで続けよう。