あれほど嫌いだった母。
思い出したくもない
物心ついた頃から
つい最近までの母との確執。
母のせいで
たったひとりの姉妹、
妹との仲もおかしくなった。
10年間、
母とは距離を
置いていた期間もあった。
日々の生活の中で
母の事はなるべく
考えない様に、
忘れる様にしていた。
なのに今は四六時中、
母のことばかり
考え想っている。
私を生んでくれた人。
育ててくれた人。
この目も、鼻も口も、
髪も身体の全てを
与えてくれた人。
母の存在は、
私にとって唯一無二の存在。
時には母の言葉に傷付き、
態度に寂しさを感じる事も
あった。
でも、
母も初めての子育てで
迷い悩んでいた事も
きっとあっただろう。
人は皆不完全で
完璧ではないのだから。
今母は、
入院先の病院で
生死の境を彷徨っている。
持病の糖尿病に高血圧、
脳梗塞、心不全。
高齢の為
良くなる事は
もう無いかもしれない。
コロナウィルス感染症の
影響により、
面会はできない。
1週間前に緊急入院してから
今日まで1度だけ携帯から
「頑張ります」
とメールが届いた。
きっと担当の看護師さんが
母の言葉をメールで
送ってくれたのだろう。
入院した時はもう一人では
何もできない
状態だったのだから。
入院する2、3日前から
一人では
トイレに行く事も
ままならない状態だった。
初めて母の
下の世話をしたのも
この時が初めてだった。
母は、昔から
プライドが高く
高潔な女性だったから
他の誰かに
特に私に
下の世話をしてもらうのを
とても嫌がった。
私は微笑みながら
母にこう言ったのだ。
「私が生まれた時はオムツを替えて、いつも綺麗にしてくれてたでしょ?今度は私がお返しをする番ですから。気にする事は何もありませんよ。」
いつもは私に対して
敬語で話す事のない母は、
「ありがとうございます。」
とか細い声で
つぶやいたのだった。
うっすらと笑みを浮かべて
穏やかに私の方を
見つめる母を
とても愛おしく感じたのは
59年間生きて来て
初めての感情だった。
下の世話も
思ったほど嫌ではなく、
「ああ、この人から私は生まれてきたんだなぁ」
と感動に近い感情が
込み上げてきたのだった。
今、母は
意識がもうろうとした中で
何を思い考えているのだろう。
人はなぜ皆
失って初めて気づくのだろう。
もし叶うなら
もう一度
母の身体を
綺麗に拭いてあげたい。
