過日徳之島亀徳港から鹿児島新港まで、定期船に乗船しました。
およそ15時間余りの船旅です。
私は、島への行き帰りのどちらかを船と決めています。
乗船室は特等室から二等室までありますが、やっぱり雑魚寝の二等室を選んでしまいます。
それは
・ 船底から伝わる
ディーゼルエンジンの響き
・ 幼な子の泣き声と
必死であやすお母さん
・ どこからともなく聞こえてくる
いびきの音
が、遠い小学生の頃に両親と乗った記憶が脳の奥底からよみがえるからです。
時代とともに船も大きくなり、横揺れ防止装置がつくなど気分が悪くなることが軽減されています。
あの頃と二等室の様子が変わったことは
・ 荷物を置く場所ができたこと
・ 一人ひとりが横になれる仕切りができたこと
・ 洗面器がなくなったこと
です。
昭和40年代、船に乗る親父は場所取りのため必死に走ります。
二等室はいつもトイレの近くで、手荷物を利用して家族分の居場所を確保して、船に備付けの毛布を敷くのです。
なぜトイレの近くかというと、波の揺れで気分が悪くなり吐いてしまうことが間々あるからで、洗面器は、船酔いして吐いてしまった時にすぐ対処するために、ところどころに置いてあったのです。
今はもう見られない光景です。
五っちゃんも大阪で開かれた万博(1970年)を見るため、船に乗って出かけました。
8歳(小学2年)の時でした。
