岩田健太郎先生は感染症の専門家だ。隔離中のダイヤモンド・プリンセス号に入船し、中の惨状について語った動画で話題となった。(動画は数日後に本人の手で削除された。)
結果として、客船の中という特殊環境下で、厚生労働省が率いるチームはできる限り最善を尽くしたと言えるかもしれない。しかし、中の状況を国民に伝えもせず、ゾーニングできていない通路をよしとして、厚生労働副大臣が「どや!」とTwitterにあげてしまう状況は異常だろう。
情報を隠さずに国民に伝えること、そしてそのときに信頼できる専門家の注釈付きで、国民が状況を正しく判断できるように助けることが国の務めだ。
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これ以来、私は岩田先生をフォローするようになった。(と同時に、他の専門家や厚生労働省の発信もフォローしている。)
岩田先生は著書が多く、その中で2019年に刊行されたばかりの『新・養生訓 健康本のテイスティング』がおもしろそうだと思い、入手して読んでみた。
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この本は岩田先生の発案で、医療ジャーナリスト(現在はバズフィードジャパンの所属)の岩永直子氏を相手に対談し、数々の売れた健康本を批判的に読み解き評価した本だ。
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新・養生訓 健康本のテイスティング
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一読して、私はまず、インターネット上で医療情報を発信することがこわくなった。
岩田先生は、健康本における主張の裏付けのために、全ての引用文献・文献番号を付けるべきと言っている。読者が読もうが読むまいが、情報の正確性を担保するために必要であると。(p6)
対して、岩永氏は「一般の人が読む本にそこまで情報を入れると、かえって読みづらくなってしまう」と反論している。
私もこの本を読むまでは岩永氏と同じ考えであったが、この度考えを改めた。
ブログ発信においても、参考文献はできる限り示すべきだし、医学的に正しい情報と、検証されていない自分の仮説・意見はごちゃ混ぜにせず、区別して書かなくてはならない。(これまでもごちゃ混ぜにしているつもりはなかったが、医学的知識が少ない人にも境目が分かるように、自覚的に区別しなくてはならないことを認識した。)
また、1章を読んで、私は「EBM」(エビデンスに基づいた医療)の定義をすっ飛ばして、あやふやに理解していたこともわかった。
EBMの定義とは……
「良心的かつ実直で、慎重な態度を用い、現段階で最良のエビデンスを用いて個々の患者のケアにおいて意思決定を行うこと。それは個々の臨床的な専門性と、系統だった検索で見つけた最良の入手可能な外的臨床エビデンスの統合を意味している。」(p34)
これは1990年にゴードン・ガイアットとデイビッド・サケットらが作った概念で、未だ正しく理解していない人が医療者・患者共に多いという。EBMとは患者を標準化し、患者の個別性を無視して行うことではない。「目の前にいる患者ありきのベターな医療」がEBMである、と岩田先生は示している。
この定義が示す意味をかみしめて、私も日々情報収集に努め、臨床にあたっていきたい。
鍼灸師に多いのが、勉強会には熱心に参加してその都度学んだ気になるのだが、なにも後に残らないし、むしろ基本的な医療知識がおざなりになっているというパターンだ。
この辺りを、岩田先生は11章で痛烈に批判している。哲学者・鷲田清一先生の言葉を引用して曰く、「コミュニケーションというのは自分の意見が変わることを覚悟しているのがコミュニケーションだ」
岩田先生は、シンポジウムはただの演説会になっていて、始めと終わりで自分の価値観が変わるということを経験したことがないと言う。(p289)
学びとはコンスタントにするもの、知っている医学知識より知らない医学知識の方が多いのだから、何を知らないのか自覚を持ち、自分で調べる力を身につけることが大事と、岩田先生は言う。
この言葉を胸に刻んで、私もつまらぬことに時間を使っている場合ではない。もっと勉強時間を取って、基礎的・教科書的な知識を厚くしなくてはならない。(←鍼灸師の教科書は、医学書と比べると圧倒的に薄い。)その上で、新しい知見や自分の専門分野について深く掘り下げるべき、と肝に銘じた。
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岩田先生の言語は明快で、わかりやすかった。と同時に、英語を知らないのは仕方ないにしても、日本語ですら未知の語が度々出てきて、辞書を引き引き、汗をかいて読んだ。
例えば、
- 底意
- 夜郎自大
- 宿痾(しゅくあ)
など……。
また、未知の概念と出会って、ここはもう少し深く知りたいなと思うところもいくつかあった。
例えば、ユマニチュードなど。(早速本を買って読んだ。)
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ユマニチュード入門
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『新・養生訓』は医療人の一人として、非常に啓発されるところの多い本であった。また時をおいて、読み直してみたい。


