水槽を眺めていると、なぜか気持ちが落ち着く。
イルカと触れ合った人が「言葉にできない安心感」を覚える。
中国では、魚の色や動きを“生命の流れ”として見つめてきた——。

私たちは昔から、水と生き物に「癒し」を感じてきました。
それは医学や科学だけでは説明しきれない、感覚的で文化的な体験でもあります。

本特集では、アクアリウムセラピー、イルカセラピー、そして東洋的な観賞魚の考え方を通して、
「水の中の世界」が人の心にどのように寄り添ってきたのかを、国や文化の違いから紐解いていきます。

 

【1】アクアリウムセラピー 〜水の中に宿る癒しの力〜

水槽の中で泳ぐ魚たち、きらめく鱗、揺れる水草、静かな水の世界—これらは、私たちの心を穏やかにしてくれます。アクアリウムセラピーは、こうした水中の景観や生き物を見て、心身のリラックスやストレスを減らす自然療法です。

アクアリウムセラピーの起源ははっきりしませんが、水の音や魚の動きが人々に癒しを与えるという考えは、古くから世界中にあります。特に20世紀後半から、病院や高齢者施設、学校などにアクアリウムが設置されるようになりました。

アメリカやイギリスでは、都市で自然を感じる手段としてアクアリウムが人気です。日本でも家庭やオフィスで「癒しのインテリア」として取り入れられています。シンガポールやドイツでは、メンタルケアの一環としてアクアリウムの研究が進められています。

水の中の世界は、私たちの心に静けさを与えてくれます。アクアリウムセラピーは、その「水の癒し」を日常に取り入れるための優しい方法です。

 

【関連記事】世界の民間療法を探る—伝統が生む健康の知恵

 

 

 

👉【動画】Scientifically Proven Stress Relief: Aquarium Therapy

 

<1-1> 何故、シンガポールで?

シンガポールは都市国家であり、自然との共生を重視しています。アクアリウムは都市生活の中で自然を感じる方法として注目されています。特に高齢者施設や病院で、環境デザインの一環としてアクアリウムが導入されています。シンガポールは多民族国家で、東洋医学や自然療法に対する理解が深く、アクアリウムセラピーが受け入れやすい土壌があります。

 

<1-2>何故、 ドイツで?

ドイツは自然療法や代替医療の先進国で、ハーブ療法や音楽療法、アロマテラピーなどと並んで、アクアリウムセラピーも環境療法の一つとして研究されています。特に高齢者ケアや認知症ケアの分野で、アクアリウムが情緒の安定や会話のきっかけになるとされています。ドイツでは医療と心理学の連携が進んでおり、視覚的刺激が癒しをもたらす効果を科学的に調べる動きがあります。

 

【2】イルカセラピー〜海の知性がもたらす癒し〜

イルカセラピーは1970年代にアメリカで始まり、現在では世界中で実施されています。特に発達障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)のある人々に対して、情緒安定や社会性向上に効果があるとされています。

この章では、イルカセラピーが広がった背景と、イルカがなぜ人々を癒すのかを科学的に紹介します。

👉【動画】Child Uses Dolphin Assisted Therapy to Cope With His Disability

 

<2-1>イルカセラピーが広がった理由

イルカセラピーが世界中で受け入れられた理由には、各国の医療体制や文化、社会課題が影響しています。

 

ロシア:医療と軍事

ロシアでは、ソビエト時代から動物介在療法に関心が高く、特に神経疾患やリハビリ分野での研究が進んでいました。イルカセラピーもその流れの中で導入され、1990年代以降は民間施設でも広がりを見せます。

そして、近年では軍事的な背景や社会不安の影響で、PTSDや心的外傷を抱える人々が増えていることもあり、イルカとのふれあいを通じた情緒の安定や回復支援が注目されているんです。特に子どもや退役軍人へのケアとして、国家レベルでも支援されている例があります。

 

👉【動画】退役軍人のためのイルカセラピー:ウクライナ軍兵士は身体的、精神的両方の支援を受ける

 

イスラエル:トラウマケア

イスラエルは、紛争やテロの影響を受けやすい地域であることから、トラウマケアや心理療法の研究が非常に進んでいる国です。イルカセラピーは、発達障害や自閉症スペクトラムの子どもたちへの支援として導入され、感覚統合や非言語的コミュニケーションの訓練として高く評価されています。

また、地中海に面した自然環境も、イルカとのふれあいを可能にする大きな要因になっているんです。

 

メキシコ:観光と医療の融合

メキシコでは、観光地に併設されたイルカ施設が多く、そこにセラピー機能を組み込む形でイルカセラピーが発展してきました。特にカンクンやプラヤ・デル・カルメンなどのリゾート地では、観光客向けの体験型セラピーと、地元の子どもたちへの支援プログラムが共存しています。

また、医療費が比較的安価であることから、アメリカなどからの“メディカルツーリズム”の一環としても注目されているんです。

 

👉【動画】Dolphin Therapy Land ( Michelle )

 

◎ 日本:福祉と教育の現場

日本では、イルカセラピーは医療機関よりも、福祉施設や特別支援学校などでの導入が多いようです。特に発達障害や情緒障害を持つ子どもたちへの支援として、イルカとのふれあいが「心を開くきっかけ」になると期待されています。

 

2-2 イルカが癒す理由

イルカが人を癒す理由にはいくつかの科学的な要素があります。

  1. エコーロケーション(超音波)
    イルカが発する超音波は、人間の脳波や自律神経に影響を与える可能性があり、リラックス効果や集中力向上が報告されています。
  2. 非言語的コミュニケーション
    イルカは人の表情や動きに敏感に反応し、言葉を使わずにコミュニケーションを取ることができます。特に自閉症などの言語に困難を抱える人々にとっては、安心感を与えます。
  3. ミラーニューロン
    イルカの動きを見ていると、人間の脳内のミラーニューロンが活性化され、共感や情緒の安定に役立ちます。
  4. 水中の癒し効果
    イルカセラピーは水中で行われるため、水の浮力や音の伝わり方が心地よい刺激となり、アクアリウムセラピーと共通する「水の癒し」を感じることができます。

 

【3】魚に鍼を打つ? 〜東洋的な視点から〜

 

<3-1>韓国:魚の鮮度

韓国では、魚の鮮度を保つために「神経締め」という針を使う技法が使われます。これを「鍼灸」に似ていると感じる人もいます。

この技法は、冷蔵技術が今ほど発達していなかった時代に、魚の鮮度を保つための知恵として発展しました。特に、魚の筋肉が死後に硬直してしまう「死後硬直」を防ぐために、神経を破壊して筋肉の動きを止めるという方法は、漁師や市場関係者の間で重宝されてきました。

しかし現代でも一部の漁師や高級料理店、または鮮度に強いこだわりを持つ地方の市場などで、今なお実践されています。特に刺身文化が根強い韓国では、「締め方」によって味や食感が変わることが知られており、魚の扱いにこだわる人々の間では、伝統的な技法として受け継がれているのです。

 

👉【動画】魚を最も新鮮に処理する方法(活け締め)생선을 가장 신선하게 손질하는 방법(이케지메)

 

<3-2>中国:観賞魚へのケアと東洋医学的な考え方

中国では、観賞魚、特に高級な金魚や錦鯉に対して、病気の回復や元気を保つ目的で、細い針を使った刺激や、**漢方薬を溶かした水に浸す「漢方薬浴」**が行われることがあります。

これは人間の鍼灸と同じものではなく、科学的に確立された治療法でもありません。ただ、一部の研究者や愛好家の間では、魚の体にも人の経絡やツボに似た反応点があるのではないか、という視点から観察や試みが続けられています。現在のところ、こうした考え方はまだ整理された理論にはなっていません。

一方で、魚の泳ぎ方や体色の変化を「気の流れ」や生命力の表れとして見る考え方は、中国では古くから存在してきました。

 

◎中国の観賞魚文化

中国は国土が広く、観賞魚の文化も地域によって大きく異なります。その中でも、江蘇省や広東省などでは、古くから金魚や錦鯉の飼育が盛んで、現在でも市場や家庭で身近な存在です。

中国における観賞魚の歴史は非常に古く、金魚の飼育は宋代(10〜13世紀)にはすでに行われていたとされています。明・清の時代には、宮廷や裕福な人々の間で鑑賞文化が広まり、品種改良も進みました。

現在でも、金魚や錦鯉は「富」「繁栄」「幸運」の象徴として親しまれ、旧正月やお祝いの贈り物としても人気があります。

代表的な品種には以下のようなものがあります。

  • 金魚:琉金、ランチュウ、出目金、オランダ獅子頭 など
  • 錦鯉:紅白、大正三色、昭和三色、黄金 など

近年では、アロワナやディスカスといった熱帯魚も、特に富裕層を中心に人気が高まり、観賞魚の世界はさらに広がりを見せています。

鍼や漢方薬浴といったケア方法は、こうした高級魚を扱うブリーダーや熱心な愛好家の間で行われることが多く、中国全体に広く普及しているわけではありません。しかし、都市部を中心に、専門的な知識を持つ人々の間で静かに続けられている文化の一つと言えるでしょう。

 

👉【動画】漢方薬による海水魚の疾病予防・治療

 

◎魚と「気」の関係:東アジアの自然観

この考え方は、科学的な証拠に基づくものではなく、東アジアの伝統的な自然観や風水思想、古典文献に見られる象徴的な読み解き方に根ざしています。

特に中国や日本において、「魚の動き」や「色の変化」を「気の流れ」や「生命力(気)」と結びつけて観察するという考え方は、風水や道教の影響を受けてきた文化の一部です。特に金魚や鯉に関しては、風水では「運気を呼び込む存在」として特別な意味を持ち、水槽の設置場所や魚の動きが運気に影響を与えると考えられています。魚が元気に泳いでいると「気が巡っている」とされ、逆に動きが鈍くなると「気が滞っている」と解釈されることもあります。

また、明代の李時珍による薬学書『本草綱目』などの古典には、魚の色や動きが季節や環境の変化と連動しているという記述もあります。

 

◎日本における金魚文化と“風雅”の美意識

さらに、日本の江戸時代の園芸や観賞魚文化においても、金魚の色や泳ぎ方を「風雅」や「気品」と結びつけて鑑賞する記録が残されています。

  1. 江戸時代の園芸や観賞文化
    江戸時代、日本では金魚を鑑賞する文化が盛んになり、金魚の色や泳ぎ方が「風雅」や「気品」の象徴として扱われました。この考え方は、観賞魚に関する文学作品やエッセイ、絵画などにも表れています。江戸時代の浮世絵や絵巻物には、金魚を描いたものがあり、金魚の優雅さが視覚的にも強調されていました。金魚を描いた浮世絵の中で、金魚が「美しさ」や「静けさ」を象徴していることがよくあります。
  2. 俳句や短歌
    直接的に金魚を描いた俳句や短歌もいくつか存在します。特に、金魚の色や泳ぎ方に対して「風雅」や「美しさ」を表現するために、金魚を題材にしたものが多く、金魚が持つ優雅さや静かな動きが、自然や風雅に通じるものとして詠まれました。

「うらやまし 浮世の北を よそにして」 ― 松尾芭蕉(『笈の小文』より)

<松尾芭蕉:解説>金沢の兼六園近くの池に泳ぐ鯉を見て詠んだとされ、「世の中の喧騒をよそに、悠々と泳ぐ鯉がうらやましい」という気持ちが込められています。

「金魚玉 月もゆらゆら 動きけり」 ― 正岡子規

<正岡子規:解説> 金魚鉢の水面に映る月が、金魚の動きに合わせてゆらゆら揺れる様子を詠んだ句。視覚的な美しさと、静かな時間の流れが感じられます。