こんにちは。

ご覧いただきありがとうございます。


今日は壽福寺

御成通りで ランチ後

今小路をてくてく歩いてます。


八坂大神がありました

相馬二郎師常が自邸の守り神として

祀ったそうです。

相馬二郎師常は源頼朝の家臣



で、

相馬二郎師常

あまり知らなかったので調べてましたら…


頼朝の最初の妻

伊東祐親の娘  八重

頼朝の計らいで結ばれた…と書かれてます。


え?

鎌倉殿の13人では

北条義時と結婚してたよね?八重さん

八重さんは、新垣結衣さんね。


八重さんに関しては色々な説があるそう。

伊東祐親の娘で頼朝の子 千鶴丸を産んだのは

確からしく、その後の嫁ぎ先が色々説があるそう。


相馬二郎師常も その説の中の一人だそうです。


調べてみると面白いですね…

まさか、八坂大神から八重さんにたどり着くとは

思わなかった。


八坂大神の傍には

庚申塔がありました。三猿?に見える石碑があります。



弘法大師  第七番

ってなんだろう?


調べました。

弘法大師相模二十一ヶ所

という霊場があって鎌倉藤沢を中心に21箇所

あるそうです。

鎌倉三十三観音巡りと ほぼ被っていて

壽福寺は 弘法大師では第七番 だそうです。

全然気が付かなかった…



ということで

壽福寺着きました。

八坂大神と壽福寺は 隣同士です。




源氏山の石碑も。

なんでここに源氏山?


源氏山の麓にあたるそうで、(確かに。。)

壽福寺の場所はかつて、  

鎌倉之楯 と言われる

源義朝の家がありました。 楯は館の事

鎌倉幕府も本当は、ここに建てようという話も

ありましたが、手狭との理由で大倉幕府に

作られることになりました。


こちらは、その後

北条政子によって 義朝を弔うために

壽福寺を建立しました。


(八重さんの事考えたら、

八重さんの住まいと

源氏の家 隣り同士じゃん!? 気まずい。

大河ドラマでも、家 近所だったよね…

ま、正子はここに住んでなかったからね。

大丈夫か! )




写真撮ろうとしたら、

見知らぬおじ様が

ここからこうやって撮るといいよー

とアドバイスくれました。

上手く撮れてます?




この道すきなんですよね…真っ直ぐでかっこいい

電車も車も目の前走ってるのですが

この道歩くと 何故か何も聞こえない。

風の音と鳥の声だけ。

不思議な道







亀谷山壽福金剛禅寺

臨済宗建長寺派

鎌倉五山第三位

鎌倉三十三観音霊場

第24番札所


1200年に 北条政子

栄西を招いて開山

栄西は日本に初めて臨済宗を伝えた人

茶の種を持ち帰った事でも有名で

実朝に献上した 「喫茶養生記」によって

喫茶の儀礼が広まっていったそうです。


お茶の飲み方やお茶が健康に良い!

って事を伝えたそうです。

いま、🍵美味しく頂いてるのは栄西のおかげ

ですかね?




壽福寺 色々面白そうですね。

本堂です。

本尊は宝冠釈迦如来像様

観音様は十一面観世音菩薩様がいらっしゃるそうです



この中にいらっしゃるのかな??


けど、非公開です。

本堂の前にも行けない。

山門で遠目に眺めて終わりです…。

悲しい。


三十三観音霊場なのですが、

唯一、

御朱印やってません。

なので、 壽福寺の御朱印が無くても

結願印は押してくれる決まりになってます。


ここだけ御朱印が埋まらないのが

とても悲しいけど、

仕方ない。何か理由があるのでしょう。


本堂の様子は分からないけど

裏の山登っていきましょう



やぐらの中に

北条政子のお墓がありました。

安養院にも北条政子のお墓ありましたね。

壽福寺は北条政子が建立したお寺

安養院は北条政子を弔うために作られたお寺

ということで2つあるみたいです。



こちらが

三代将軍 源実朝のお墓


親子並んでます。

鎌倉殿見てから、

実朝が可哀想で可哀想で。。


2人並んでるお墓をみながら

どうか安らかに…。

とここで唱えたら


ものすごい風がびゅー!!

って吹きました。

最近、こういうことに慣れてきたw

届いたな…と思いましたよ。

(勝手に自分で解釈してます。)




壽福寺でした。

中は入れずとも、是非お参りしたいお寺です。



ご覧いただきありがとうございます。

次回は

三十三観音からは離れますが、

英勝寺に行きます!

面白かったなぁー英勝寺。



それでは!


いつものお願い

いいね👍  フォローをお願いします。

いつもありがとうございます