このところずっとライハの客は無かったが先日に千葉のよりいえさんが来てくれました。


そして八重山諸島にある波照間島に行って来たと土産を色々と買って来てくれました。



なんと幻の焼酎泡波も買って来てくれました。



私が波照間島に行ったのは忘れもしない15年前の西日本震災の時でした。


その時の記憶が懐かしくよみがえりました。


確かその時に。ブログを発信していた事を思い出して記事一覧を遡って

2911年3月11日のブログを探してみました。


スマホからでリブログの仕方がが良く解らなかったので中の写真を抜き出してみました。


まず波照間島ですが石垣島から高速船で1時間の日本最南端の住民500人弱の有人島です。

私はバイクで沖縄には4回程行ってます。


その時には鹿児島港までの陸路往復でそこからフェリーで15時間で沖縄本島に行きました。

さらに石垣島まで行きそこから高速船で波照間島まで行きます。

何でブログを拾い出せたかと云うと西日本震災の3.11の日でしたから。

帰ろうとしたが太平洋沿岸に津波警報が出て船は全部欠航し取り残こされました。

波照間島では民宿に宿泊しました。
客は私と30代の女性の二人組のだけでした。

泡波の事は事前に聞いていたので
食堂でおかみさんに話すと3合瓶を
三人で飲みな!とサービスしてくれました。

女性も飲むは飲む飲み口の良い癖の無い甘口に感じられる30度の焼酎は
瞬殺でした。(笑)

もっと欲しいと言うともう1本サービスしてくれました。

結局深夜12時まで女性達と飲んでいると

もう寝なさいとおかみさんに言われてしまいました。

当時のブログから抜き出した写真です
民宿のおかみさんにです。

ベニヤ板で仕切られた程の部屋で寝落ちでした。

朝女性に挨拶すると全然覚えて無いとの事でした。

勇ましい女性達で焼酎を飲みたくて来たそうです。

今日は石垣島の限定で
ネットでは取り扱っていない焼酎の
「請福」を飲む為に島に渡るそうです

この酒造所は家族経営で島で消費するだけの設備しか無いそうです。

リブログからの写真です。

波照間島は周囲15キロ程の小さなしまです。

島にはスーパーなど無くて4軒の販売所があります。

女性達の話では4軒ほど回ったが店にはよっぽど運が良ければ置いて有ることがあるそうですが無かったそうです。

その後沖縄本島に渡ったが娘から
伊豆も危ないから宿泊費は送るから
沖縄に留まっていろとの事でした。

今だからそんなことは無いというが
未曾有の津波被害に

この後もっと大きいのが来るとか南海トラフの地震の引き金になり伊豆にも被害が及ぶとかパニック状態な事もありました。

結局20日程沖縄本島に滞在してました。

カブでも行っていますがこの時には幸いハーレーで行っていたので那覇空港近くから北に50キロ程の高速道路が
唯一あり

途中にSA.パーキングのような場所が1ヵ所あります。

ここで時間を費やしたり食事をしてました。

又国道58号線の道の駅かでなで
かでな基地を眺めたり食事をしたりでした。

時間を持て余してスターバックスや国際通りでバーガーキングとか書店で立ち読みなどして夕方を待ちました。

早めに居酒屋に行き一杯飲んだりです。

国際通りではハーレー乗りのシンガーソングライターが義援金活動などしてました。

リブログからの写真です。
今私に出来る事は支援金ぐらいしか無いと協力させてもらいました。

この事は私にとって忘れる事の出来ない思いです。