学校に行っていた頃、

「社会人というのは、先生もいないしテストもなくて楽しそうだ・・・」

と思っていた。

しかし、社会人になってみると、

 ・先輩はいるし上司もいる

 ・人事評価はあるし昇格・降格もある

ので、がっかりした。

そんな社会人生活を過ごし、年齢をカウントアップしていたころは、

「定年を迎えれば、静かな余生が送れる」

などと、憧れの将来に見えた。

しかし、年齢がカウントダウンに入った、今・・・

 ・生活習慣病(高血圧・糖尿病・高尿酸値)だし

 ・大腸にポリープ30個近く抱えてるし

これで、余生を送るのかとがっかりしている。

 

ただ、カウントアップしていた頃より、カウントダウンしている今の方が、

来年・再来年の自分がよく見えているので、不安がない。

「AIって凄い」となっている。

どうなのか?

 

「破竹の勢い」という言葉がある。

「竹の節(フシ)をあっという間に割ってしまうような勢い」のことを言っている。

1節1節大変なハードルをあっという間に越えてしまうほどの勢い。

中国での1節とは、時間でいうと15日間のことだったらしいので、

これを、あっという間に超えてしまうと言うことになる。

 

さて、日本が開発したずっとのスーパーコンピュータ「京」は、

現在の地球上の全人口80億人が電卓を持って集まり、

1秒間に1回のペースで計算を続け、24時間不眠不休で約16日間かけてようやく終わる計算を、

たった1秒で終えてしまうそうだ。

 

つまり、「破竹の勢い」の1フシを「京」の演算で言うと、1秒もかけずに超えてしまう。

 

では、「破竹の勢い」を言った杜預(とよ)の時代と比べると・・・

その頃の地球上の推定人口は2億5千万人なので、

全員が24時間不眠不休で1秒間に1回のペースで計算を続け、420日間もかかるということに・・・

と言うことは、杜預(とよ)の時代に28フシもかかった演算を、1秒で終えることになる。

 

まさに桁違い。

 

しかし、計算が「破竹の勢い」で桁違いになって、人の能力や生活が桁違いになった訳では無いのでは・・・

やっぱり、コンピュータやAIが、進化を遂げたとしても最終的に利用し判断し決断するのが人である限りは

飛躍的に全てのスピードが早くなるということはなく、

ほんの少し間違いが防げる程度・・・ということなのだと思っている。

今の妻と知り合ったのは、20歳の時。

3年付き合って、結婚した。

デートでは、ハイキングだのピクニックだのお花見だのに行った。

その時に、彼女はお弁当を作ってきてくれた。

いつも、ゴージャスで全てがおいしかった。

 

結婚して、すぐのころ、職場の人間がからかい半分で、

「昨日の夕食なんだった?」

とよく聞かれた。

ある日、職場の人間が言ったことが、

「水炊き多くね?」

だった。

確かにと思い、妻に聞いた、

「水炊き多くね?」

「メニューが思い浮かばない」

と言われた。

 

会社は弁当持参だった。

いつも、茶色の煮豆が入っていた。

そこに、白い煮豆が追加された。

仕方ないので食べていたら、

ある日、緑色の煮豆も追加された。

どれも、惣菜で売られている煮豆だ。

妻に言った、

「弁当のおかずの半分以上が豆なんだけど、多くね?」

「えっ、お豆好きだと思ってた」

「好きじゃないけど、他におかずがないから食べてた。君は好きなの?」

「嫌い」

「えっ、嫌いなのに、なんで入れる?」

「おかずが思い浮かばない」

と言われた。

 

詐欺だった。

お弁当は全て義理の母が作っていた。

だまされた。

不覚だった。

義理の母にも義理の父にも義理の兄貴にも言った。

「これって、詐欺ですよ!!」