明治5年には0.35億人だった日本の人口が、現在では1.25億人と「約3.6倍」になったようです。明治政府が「持続可能な開発目標」を考慮したかどうかは分からないのですが、戦争を含めて「日本が持続可能社会」であった事は明らかです。

 当然ながら、明治には「SDGs」なる標語は無かったと思いますが、現在と比べて不便な社会であったことは間違いないと思います。つまり、標語による「長期の計画や目標」は無くとも「明日の便利さ」を求めて、少なくとも日本は現在まで成長し持続した事になります。

 世界人口は過去150年間で、15億人から80億人と「約5倍」になったそうです。それでも持続し続けているところを見ると、日本もまだ伸びしろは有りそうです。但し、DSは「80億人の内の半分以上は、生産性に寄与しない無駄な人口」と考えているようで、人口削減計画を遂行中らしいです。

 人体の1%程しかない大脳皮質が考える自認を含めた、すべての性属性とされる「LGBTQIA+♂♀」の個別属性による「生産性(せいさんせい)の寄与度」は算出し難いのですが、「生産性(しょうさんせい)の寄与度」なら分かるような気もします。

 「多様性と包摂」などの標語により「LGBTQIA+♂♀」が理解されてインフラが共用されれば、「自然淘汰の法則」から競争原理が働き、結果として強い者が生き残る「弱肉強食の世界」を創り出します。なので、これもまた「SDGs」です。誰にでも、強さが有れば持続的に生き残るチャンスが有るので、シン・リベラリズム(薄っぺらな自由主義ww)と言えなくも有りません。

 逆に、競争原理を排除するために、政府が総ての性属性に合わせたインフラを構築するには莫大な予算を必要とするので、国防予算が削られて「平和な国」に成ると思いきや、「国家の持続性」は失われ「多様性を許さない他国」に併合されるのは、過去の歴史を見れば明らかです。

 「人間には未来は見えない」のは科学的にも明らかで、現在の目標が達成されるかどうかも分かりません。精々、「標語」で方向性を示せば、目ざとい人が金儲けに利用するくらいです。

 現在に至るまで、様々な「標語」が用いられ「1%の経済支配者」と「99%の労奴(被支配者)」のヒエラルキーが完成しそうです。資本主義は「自由」を標語に、共産主義は「平等」を、国際主義は「博愛」など、「標語」は支配者共通のアイテムです。

 何れにしても、社会体制の変遷は有っても、人類としての「持続性」が失われた事は無いようです。例え、社会の持続性を失って人類が滅亡しても、他の生物が生き残り、自然は維持されるので心配無用です。