フロンターレを応援するブログ -17ページ目

ベストイレブン考

ベストイレブンが発表されました。受賞者は下記のようです。


1位鹿島から3人


2位川崎から1人


3位名古屋から2人


4位大分から0人


5位清水から0人


6位FC東京から0人


7位浦和から1人


8位G大阪から2人


9位横浜から1人


14位京都から1人




マルキーニョス 柳沢


遠藤         小川


  ケンゴ 田中闘


山口 岩政 中澤 内田


     楢崎





ただ、フロンターレサポとしては




なぜテセを置いて柳沢が選ばれたのか不明です。あと1点でも多く入れていればテセだったのでしょうか?アシストはテセの方が多いし、順位のフロンターレの方が上です。




いつになったらヒロキが選ばれるのでしょうか?




昨年の得点王ジュニがいないのは寂しいですね。去年並みの活躍をしていればJ1王者だったでしょう。




川島は失点が多いから無理かもしれないが、攻撃の起点となるフィードはJ屈指だと思います。




タニはなぜ候補にも選ばれなかったのか不明です。守備に奔走しながら二桁得点ですよ。




個人フェアプレー賞は川口ですが、大宮の江角と川島の方が出場試合数も多いのに何故?








個人的なベストイレブンは




マルキーニョス テセ


遠藤 大久保 レアンドロ


 ケンゴ  小笠原


古賀 阿部 田中闘 


    菅野



次点、こおろぎ、ヨンセン、岡崎、ボンバー、長友、明神

基準はまずフロンターレバイアス。そして対戦していていやだなと思った選手です。
それかいないとそのチームの戦力がガクンと落ちる選手です。

大分は集団として強いが、個で目立った印象というか記憶がないので不選出。



浦和帝国崩壊中


田中達、相馬が海外移籍を志願。

永井、阿部が保留。

GK山岸、細貝に続き、

さらには闘莉王、坪井も保留だそうです。


松田が一発サイン、中澤も移籍せず残留が濃厚な横浜Mとは対照的。


これは金額よりもフロントに対する不信感によるものなのではないでしょうか_

フロンターレの世代交代

大橋選手がすごく気に入っていたので、来季はフロンターレのユニフォームを着ないと分かった時はすごく残念だった。ややスタミナ不足も、それを補って余る足下の技術やFKの精度にはなんどか痺れた経験があるのから。

そして彼がブログで語ったところによると、フロンターレを去るのは出場機会を求めてではないらしい。ヴィトール加入で出場機会が減ってしまったので、それが原因だと思っていた。

そうではなく、フロンターレを去るのはチームが世代交代をしているためらしい。

箕輪選手がお別れ会でも同様の発言をしていたし、少し前のサッカーダイジェスト誌にも似たような記述があった。なぜFWとMF控え一番手の我那覇と大橋をリリースするかについて。


たしかに、養父、久木野、杉浦、木村、薗田あたりは出場機会を得られずに伸び悩んでいる気はする。大卒のテセ、横山、菊池あたりはなんとか出場機会を得ているが(養父も大卒だが)。

チームとして、ケンゴ、ヒロキ、周平あたりが引退、大一戦を退くであろう5年後を視野にいれると若手の押しあげが不可欠と見ているのだろう。


オーバー30
寺田 周平 1975/6/23
箕輪 義信 1976/6/2
ジュニーニョ 1977/9/15
吉原 慎也 1978/4/19
佐原 秀樹 1978/5/15
伊藤 宏樹 1978/7/27

26から29
森  勇介 1980/7/24
我那覇和樹 1980/9/26
中村 憲剛 1980/10/31
村上 和弘 1981/1/20
大橋 正博 1981/6/23
相沢 貴志 1982/1/5
植草 裕樹 1982/7/2
黒津  勝 1982/8/20
原田  拓 1982/10/27
井川 祐輔 1982/10/30

23から25
川島 永嗣 1983/3/20
山岸  智 1983/5/3
鄭  大世 1984/3/2
養父 雄仁 1984/5/24
横山 知伸 1985/3/18
谷口 博之 1985/6/27
田坂 祐介 1985/7/8
西山 貴永 1985/7/11
菊地 光将 1985/12/16

20から22
都倉  賢 1986/6/16
ヴィトール 1986/9/15
久木野 聡 1987/4/16
杉山 力裕 1987/5/1
レナチーニョ 1987/5/14
木村 祐志 1987/10/5
鈴木 達矢 1988/2/29

19以下
杉浦 恭平 1989/1/11
薗田  淳 1989/1/23
吉田 勇樹 1989/5/3
安藤 駿介  1990/8/10
登里 享平 1990/11/13