精神病院
入院や転院を繰り返して
わかったこと
最初は
兄貴や弟が暴れていたし(反抗期)、
私にもあるのかと思った。
反抗期と分からず、
私は閉鎖病棟に入れられた。
やはり、私だけは反抗は許せないらしい。
なにもかも許されないし、
何故こんなに許されないだろうと
思った。手首も脚も拘束され
点滴でただ空を眺める時を過ごした。
そこから健常者としてではなく、
障害者の意識が高くなった。
そして、薬を飲む毎日。
なにかある度に頓服を飲み。
自分という
理性がどんどん無くなっていく。
そこから何回か入院を繰り返した。
そこで今までのは優しい場所なのだと
思った。そこは、
エスカレーターのようになっていて
閉鎖病棟の室内は特に違和感は
なかったが、それはとても心地が悪い
室内(全員で食べる場所)は
だった。
盗もうとする人、
理性や愛情表現といった顔で判別が
明らかだった。
《金に目が眩んだ表情》
《看護師は、諦め適当に済ませた対応》
誰かがトラブったら、
若者が裏手で支える。
《どこにでもいる親分きった者》。
1番は、隣の奥へ連れていかれて、
明らかに恐怖した顔が
運ばれた時。
私は、《たった1人の家族》
を守るだけ精一杯。
次の日だけで私は上の階にいけた。
けど、さっきとは
また違った違和感があった。
未成年者が多数いたこと。
『私達は有意→正当化する者』
だが、ほとんどの者は、
《治療》に連れて行かれた。
何度も何度も...
「(こんなに頻度が多かったか?)」
彼らは知らないのだろう。
その《治療》の怖さを。
何度もとある女性をみた。
いつまでも退院の兆しがなく、
絆創膏と包帯が《それ》をする度に、
増えて増えて、
自分がなにをされたのかも理解できず、
パンクしたら、
『私はいい子だよ?いい子ー!!
ここからだしてー』怒鳴りちらし、
この女はまだ若いのに...
なのに私より豪華なものを、
かわいいと思えるもの、
自分はかわいいと思ってる。
自分が退院する頃には、
彼女は退院すらさせてもらえず、
気付いた頃には上と下を
行き来していた。
閉鎖入院すると
《安静》とよべるものはなく、
入院することに怖くなった。
入院したら、
安息なんて生温いんだ。って。
