センター試験の帰り、聖美と輝明は、真一の勤めている喫茶店で落ち合った。
聖美が店に入ると、カウンターを挟んで、真一と輝明が話していた。
「聖美」
聖美に気づいた輝明が、手を振る。
聖美は頷いて、輝明の横に行った。
「聖美、何にする?」
輝明がメニューを差し出す。
「私、キャラメルラテ」
「わかった」
キャラメルラテを作る真一の左手首には、傷をかくすリストバンドがはめられている。聖美はそれが悲しかった。
でも、今は普通に聖美に話しかけてくれるのが、うれしかった。
「山口、試験どうだった?」
真一が、キャラメルラテを聖美の前に置きながら尋ねる。
「うん、現国と英語はまあまあだったけど、あとはやばいかな。二次で相当がんばらないと。輝明君は?」
「俺は逆。現国があんまりできなかった」
「現国が普通で、他のがよすぎるんじゃないの?」
聖美は茶化した。
「輝明、コーヒーのおかわりは?」
真一がコーヒーサーバーを持って尋ねると、輝明はカップを差し出し、二杯目のコーヒーをもらっていた。
「聖美」
輝明は、コーヒーを一口飲んで聖美の方を向いた。
「なんで急に、東洋教育大学受けようと思ったの?」
「えっ……」
聖美は少し迷ったが、話した。
今、自分が学校で受けているいじめのこと。
いじめをなくしたいから、教師になりたいと思ったこと。
「――そんなことがあったのか」
輝明は、難しい顔でカップを置いた。
「伊原も昔はお嬢様学校だったのにな」
「お嬢様学校だからこそ、いじめがあるってのもあるんじゃないのか」
と、真一。
「お嬢様学校ねえ」
聖美は苦笑した。
「そうでもないんじゃないの。特に私なんか、軽音楽部で率先して風紀乱してるし」
どうも軽音楽部というと、不良の溜まり場みたいな偏見を受けてしまうのだ。
でも、それも仕方ないのかもしれない。
中学ではおとなしく二つに結んでいた聖美の髪も、今はポニーテールにピンクのシュシュをつけて学校へ行く。マニキュアはもちろん、こっそり薄い口紅までつけて、校則を破りまくっている。今日は受験生らしい格好をしているが、普段はそんなだから、いい顔をされなくても文句は言えない。
中学までは厳しかった聖美の両親も、義務教育が終わって、自分たちの役目も終わったと思っているのか、変わってしまった聖美に叱言めいたことは言わない。
「私、変わったでしょ」
聖美がこぼすと、
「三年もたてば、誰だって変わるよ」
真一はそう答えながら、
「俺だって、ほら」
と、長い髪をかき上げた。瞬間、ピアスが光る。
「わあ、かっこいい!」
聖美は思わずはしゃいでしまったが、輝明は少し悲しそうな顔をした。北高を去った真一に何もしてあげられなかったと、随分気にかけていたことを、聖美は知っていた。
そんな輝明に気づいたのか、真一は輝明に笑みを向けた。
「そんな顔するなよ。俺がこんなことになったのは、輝明のせいじゃないよ。それに、今の俺、そんなに不幸に見えるか?」
「いや」
輝明は俯いた。
「ただ、真一も聖美も変わるのに、俺だけ変わらないなと思ってさ」
「あら、輝明君だって、随分大人っぽくなったよ」
聖美は返した。
「私はね。変わっていけばいくほど、何だか自分じゃなくなるみたいで、ちょっとこわいの。今の私って、昼休みも放課後も、友達とお喋りして、普通の女の子と同じことして、それって本当の私なのかな、とか思って」
聖美は、中学の頃は、女の子同士で仲良くした記憶がほとんどなかった。昼休みは、音楽室でピアノを弾いていたし、放課後は吹奏楽部に一生懸命だった。
「でも、本質的なところは変わってないんじゃないの?」
真一が言う。
「今だって、仲がいいのは部活で一緒の人だろ? 中学の時だってそうだったじゃないか」
「それはそうねェ……」
「それに、今だってトイレは一人でいくだろ?」
「えっ……」
聖美は赤くなった。
確かに、女子は一人でトイレに行かない。でも聖美はそういうのが嫌で、中学の頃も今も、トイレには一人で行っている。
「まあ、当たってるわね。やっぱり私、性格が男みたいなのかなあ……」
すると、横で輝明が言った。
「そういえば、中学の卒業式の時、女子では聖美だけだったな、泣かなかったの」
「何よ、輝明君たら! あの時、マジに落ち込んだのよ。私はなんて薄情なんだろうって。――でも、無理に泣けって言われても困るし、私は一生薄情なのかな」
「薄情なんじゃないよ」
真一は、聖美のグラスにお冷を注ぎながら言う。
「薄情じゃなきゃ、何?」
「何だろうな」
「何よ、それ」
聖美は、唇をとがらせる。
「さて、そろそろ行こうか」
輝明が立ち上がり、伝票を取った。
いつものように、聖美の分も輝明が払った。
最初は遠慮していた聖美だったが、今ではそれも普通になってしまった。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
マニュアル通りの挨拶で、真一は二人を見送った。
「聖美、車で送るよ」
「輝明君、試験に車で行ったの? どこに停めてたの?」
「近くに親父の事務所があってね」
「そう。じゃ、お言葉に甘えて」
車に乗り込むと、輝明は不意に言った。
「真一の方が、聖美のことわかってんだよな」
「え?」
聖美は聞き返したが、輝明はそれ以上何も言わずに、車を発進させた。
聖美が店に入ると、カウンターを挟んで、真一と輝明が話していた。
「聖美」
聖美に気づいた輝明が、手を振る。
聖美は頷いて、輝明の横に行った。
「聖美、何にする?」
輝明がメニューを差し出す。
「私、キャラメルラテ」
「わかった」
キャラメルラテを作る真一の左手首には、傷をかくすリストバンドがはめられている。聖美はそれが悲しかった。
でも、今は普通に聖美に話しかけてくれるのが、うれしかった。
「山口、試験どうだった?」
真一が、キャラメルラテを聖美の前に置きながら尋ねる。
「うん、現国と英語はまあまあだったけど、あとはやばいかな。二次で相当がんばらないと。輝明君は?」
「俺は逆。現国があんまりできなかった」
「現国が普通で、他のがよすぎるんじゃないの?」
聖美は茶化した。
「輝明、コーヒーのおかわりは?」
真一がコーヒーサーバーを持って尋ねると、輝明はカップを差し出し、二杯目のコーヒーをもらっていた。
「聖美」
輝明は、コーヒーを一口飲んで聖美の方を向いた。
「なんで急に、東洋教育大学受けようと思ったの?」
「えっ……」
聖美は少し迷ったが、話した。
今、自分が学校で受けているいじめのこと。
いじめをなくしたいから、教師になりたいと思ったこと。
「――そんなことがあったのか」
輝明は、難しい顔でカップを置いた。
「伊原も昔はお嬢様学校だったのにな」
「お嬢様学校だからこそ、いじめがあるってのもあるんじゃないのか」
と、真一。
「お嬢様学校ねえ」
聖美は苦笑した。
「そうでもないんじゃないの。特に私なんか、軽音楽部で率先して風紀乱してるし」
どうも軽音楽部というと、不良の溜まり場みたいな偏見を受けてしまうのだ。
でも、それも仕方ないのかもしれない。
中学ではおとなしく二つに結んでいた聖美の髪も、今はポニーテールにピンクのシュシュをつけて学校へ行く。マニキュアはもちろん、こっそり薄い口紅までつけて、校則を破りまくっている。今日は受験生らしい格好をしているが、普段はそんなだから、いい顔をされなくても文句は言えない。
中学までは厳しかった聖美の両親も、義務教育が終わって、自分たちの役目も終わったと思っているのか、変わってしまった聖美に叱言めいたことは言わない。
「私、変わったでしょ」
聖美がこぼすと、
「三年もたてば、誰だって変わるよ」
真一はそう答えながら、
「俺だって、ほら」
と、長い髪をかき上げた。瞬間、ピアスが光る。
「わあ、かっこいい!」
聖美は思わずはしゃいでしまったが、輝明は少し悲しそうな顔をした。北高を去った真一に何もしてあげられなかったと、随分気にかけていたことを、聖美は知っていた。
そんな輝明に気づいたのか、真一は輝明に笑みを向けた。
「そんな顔するなよ。俺がこんなことになったのは、輝明のせいじゃないよ。それに、今の俺、そんなに不幸に見えるか?」
「いや」
輝明は俯いた。
「ただ、真一も聖美も変わるのに、俺だけ変わらないなと思ってさ」
「あら、輝明君だって、随分大人っぽくなったよ」
聖美は返した。
「私はね。変わっていけばいくほど、何だか自分じゃなくなるみたいで、ちょっとこわいの。今の私って、昼休みも放課後も、友達とお喋りして、普通の女の子と同じことして、それって本当の私なのかな、とか思って」
聖美は、中学の頃は、女の子同士で仲良くした記憶がほとんどなかった。昼休みは、音楽室でピアノを弾いていたし、放課後は吹奏楽部に一生懸命だった。
「でも、本質的なところは変わってないんじゃないの?」
真一が言う。
「今だって、仲がいいのは部活で一緒の人だろ? 中学の時だってそうだったじゃないか」
「それはそうねェ……」
「それに、今だってトイレは一人でいくだろ?」
「えっ……」
聖美は赤くなった。
確かに、女子は一人でトイレに行かない。でも聖美はそういうのが嫌で、中学の頃も今も、トイレには一人で行っている。
「まあ、当たってるわね。やっぱり私、性格が男みたいなのかなあ……」
すると、横で輝明が言った。
「そういえば、中学の卒業式の時、女子では聖美だけだったな、泣かなかったの」
「何よ、輝明君たら! あの時、マジに落ち込んだのよ。私はなんて薄情なんだろうって。――でも、無理に泣けって言われても困るし、私は一生薄情なのかな」
「薄情なんじゃないよ」
真一は、聖美のグラスにお冷を注ぎながら言う。
「薄情じゃなきゃ、何?」
「何だろうな」
「何よ、それ」
聖美は、唇をとがらせる。
「さて、そろそろ行こうか」
輝明が立ち上がり、伝票を取った。
いつものように、聖美の分も輝明が払った。
最初は遠慮していた聖美だったが、今ではそれも普通になってしまった。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
マニュアル通りの挨拶で、真一は二人を見送った。
「聖美、車で送るよ」
「輝明君、試験に車で行ったの? どこに停めてたの?」
「近くに親父の事務所があってね」
「そう。じゃ、お言葉に甘えて」
車に乗り込むと、輝明は不意に言った。
「真一の方が、聖美のことわかってんだよな」
「え?」
聖美は聞き返したが、輝明はそれ以上何も言わずに、車を発進させた。