伊原高校に進学した聖美は、軽音楽部に入部した。
 バンドを組んで、キーボードを担当し、それなりに楽しい高校生活を送っていた。
 聖美が一番心配していた、友達ができないのではという問題も、一応クリアしたのかもしれない。
 クラスの仲良しグループには、相変わらずどこにも入っていなかったが、昼休みも放課後もバンドの仲間と過ごしていたので、淋しさは感じなかった。


 聖美には、もう一つ楽しみがあった。
 中学では、校則を守って二つに結んでいた髪を、おろして通学するのが夢だった。
 初めて髪をおろして学校に行けた時、嬉しかった半面、髪って、案外授業を受ける時に邪魔になるとわかった。
 そんな時。
「聖美ちゃん、ポニーテールにしてみない?」
 部活の時に、聖美は仲間たちにそう言われた。
「ポニーテールか……」
 そういえば、ポニーテールも中学では校則で禁止されていた。
「決まり決まり! 部活が終わったら、シュシュ探しに行こ!」
 こうしてみんなは、聖美と一緒にデパートへ行き、赤いシュシュと、聖美に合った色の口紅を選んでくれた。
 こういう雰囲気って、聖美がずっとあこがれていたものであり、ずっと背を向けていたものだった。


 輝明とは、時々映画やカラオケに出かけた。
「竹宮君は元気にしてる?」
 聖美は時々輝明に、真一の様子を聞いた。
「うん、元気にしてるよ」
 最初はそう言っていた輝明だが、夏休みが終わる頃。
「真一、受験ノイローゼみたいなんだ」
 と、輝明はこぼした。
「受験ノイローゼって、まだ一年生じゃない」
「北高では、一年生からもう大学受験体制なんだ」
 輝明の言葉に、聖美は言葉を失った。
 そして、中学の卒業式以来会っていない真一を思った。
 聖美はまだ、真一が好きだったのだ。
 真一が好きなのに、輝明とばかり会っている自分に矛盾を感じながらも、真一を思っていた。
 女子校だったから、周りに真一以上の男の子がいないから、余計真一を忘れられなかった。



 その真一が自殺をはかったのは、高校二年の冬だった。
 輝明から知らせを受けた聖美は、少しためらったものの、輝明と一緒に真一を見舞った。
 病室に入って、真一を見た聖美は、胸が痛んだ。
 もともとやせ型だったが、ますますやせて、伸びた髪が、真一を一層華奢に見せていた。
 手首には、包帯が巻かれていた。
「真一、聖美が来てくれたよ」
 輝明に促されて、輝明に隠れるようにして立っていた聖美は、一歩前に出た。
 聖美を見た輝明は、ぼそっと言った。
「……久しぶり……」
「久しぶり」
 聖美も言った。
 一年九ヶ月ぶりの再会だった。


 病室では、あまり会話ははずまなかった。
 ただ、真一は学校を辞めるつもりらしかった。
 就職先の喫茶店ももう決まっていた。
 真一が就職してからというもの、聖美と輝明はよく、真一が勤めている喫茶店に行った。
 輝明よりも真一に会えるのが嬉しい聖美だったが、真一は髪を茶色くして、服装もだんだん派手になっていった。
 そんな真一に、輝明は困惑しているようだったが、聖美はそれでいいと思っていた。
 北高で、受験ノイローゼになっているより、今の方が真一らしくていいと思った。


 そして。
 春が来て、聖美も高校三年生になり、受験生となった。
 聖美は、文系の大学に行こうと考えていた。特に将来そういう仕事に就きたいとかではなかったが、国語と英語の成績が他の教科よりもよかったので、そうした。
 三年生になると、クラスも、進路別に分かれて編成される。
 聖美は、文系のクラスに入った。席は一番後ろだった。
 隣の席になった牧村泉は、いつもうつむいていて、気の弱そうな子だった。
 聖美も人見知りするところがあるので、泉と話をすることはなかった。
 最初の授業の時、出席を取っていた先生が聖美を呼んだ。
「山口聖美」
「はい」
 聖美が返事をしたその時。
 前の方の席にいた、下田和子と相田香が、こちらを見て笑っているような気がしたのが、ちょっとひっかかった。