※38週2日でお空に送った赤ちゃん、くぅちゃんの死産の記録です。妊婦さんや辛いと思う方はご覧にならないようにご注意ください。




第二子の計画をして、一回でママのお腹に来てくれたくぅちゃん。ちょうど私の誕生日が生理予定日で、その生理が来ず検査薬で陽性反応。神様からの誕生日プレゼントだと思った。

長男がやんちゃすぎたから女の子が欲しくて、排卵日二日前狙って、女の子だと思ってたら男の子。順調すぎるほど順調で、胎動も長男より痛いほど動くし、強運で色々と強い子なんだって思ってた。何の問題もなく38週まで育ってきたんだもん。


初めのうちは、長男がまだ卒乳できてなくて、流産しやすくなるって言われてるのにおっぱいを飲ませてた。

長男からインフルエンザを感染されて、タミフルも飲んだしロキソニンも飲んだ。胃腸風邪にもなった。しょっちゅう風邪をうつされて、冬の間はほぼ咳をしてた。肋骨にヒビまで入って。

悪阻が吐き悪阻、食べ悪阻でしんどすぎて、もう2度とこの苦しみは味わいたくないって思った。

男の子って判ったときは、長男のような男の子が二人なんて大変すぎる!と愚痴もこぼした。嘘。そんなの嘘。本当は授かってくれれば性別なんてどちらでも良かったのに。そんなこと、言わなきゃよかった。くぅちゃん聞いてたのかな。

長男の送り迎えで自転車も乗ったし、車の運転もした。
抱っこもいっぱいした。抱っこしたままスーパーの袋持って、重いものも沢山持った。

マグロも食べた。お寿司も食べた。
コーヒーも飲んだ。

ディズニーランドも行って歩き回った。長男を連れて動物園やら遊園地やら、温泉旅行もたくさん行った。


周りに心配されても、大丈夫、大丈夫、第二子なんてこんなものでしょ。全部自分の都合の良いことばかりに言い訳をつけて。
どの口が言ったんだろう。全然大丈夫なんかじゃなかった。


陣痛が来た日。日中は腰が痛かった。でも胎動はあっただろうか。そもそも胎動がいつからなかったんだろうって思い出せないこと自体が母親失格。常に気にしてなくちゃいけなかった。

出血があっても、大丈夫、まだそんなこと思ってた。だって鮮血じゃなかったし少し茶色っぽかったし。破水に少し血が混ざった程度しか思ってなくて。だって臨月だよ?いつ生まれてもおかしくないほど成長してたんだよ?亡くなるなんてあるわけない、生まれてくるのが当然だと思ってた。本当に私最悪。


何でもっとくぅちゃん第一に出来なかったんだろう。こんな私に、くぅちゃんの母親の資格があったのだろうか。

くぅちゃん、せっかくママを選んでくれたのに、こんなママで本当にごめんなさい。でも、大好きだったんだよ。とってもとっても愛しくて、大切だったんだよ。私しか気付けないのに、私しか守ってあげられないのに、気付いてあげられなくて本当にごめんね。

妊娠中の幸せな思い出が、全てが後悔と化する。本当に戻りたい。元気いっぱいにお腹を蹴っていた、あの人生最悪の日の前日に。