Hossy☆★Style  自遊人♪ただいま試運転中 -7ページ目

Hossy☆★Style  自遊人♪ただいま試運転中

毎朝1本とりあえず書き始めています★

夢の記録

 

 

不慮の事故もしくはやむを得ない事情で

数人が亡くなったという一報を聞いた。

そこに父がからみ責任を負わざるをえなくなっている。

 

遺族のうちの一人が、

私の元にやってきて、

「とりあえず誠意を見せて(遺族らに)挨拶に行った方がいいよ」って言われた。

言葉をかけてくれたのは私の知り合いのようだった。

 

そこで罪悪感を湧いてきたと同時に、

「また謝罪し続ける人生を歩まなきゃいけないのか」と、

被害者意識のような思いが湧いてきた。

 

車に乗って数人の遺族たちを訪問することにした。

 

 

目覚めたとき、久々に余韻がじんわり来た。

 

「夢で良かった」

 

それが本音だった。

 

父方の墓参り。

 

すぐにそのキーワードとリンクした。

 

そして、父がずっと抱えてきた過度な恐れ。

それは父のデータというより血統が受け継いできた思い癖。

 

 

不慮の死に直面した

 

 

責任者だった(?)先祖が罪悪感を抱え込んだ(責任を負うしかなかった)

 

 

最悪な事態を想定して不慮な事態を回避するようになった

 

 

過度な恐れが言動の軸になった

 

 

本当に父方の家系でそういうことがあったかは分からない。

でも、自分のなかで腑に落ちたということは、

そのデータが自分にも浸透していたというのに等しい。

 

 

 

 

仕事を辞めて自由人になっても、

人間関係にまつわる感情の起伏は変わらず起きるね。

 

かかわりたくなくても、かかわらざるをえない。

 

世捨て人になって山籠もりでもしない限り、

避けられないんだろうけど、

逆な視点からみると、人間関係にからむ体験は、

この世界ならではなんだろうな。

 

こいつ嫌だなって感じる人に対しては、

とかく「触れたくない感情を触発される」からだなって思ったりする。

 

でも、厄介なのは嫌なやつについては、

嫌悪感を持った側面だけではなく、その相手の言動あらゆるところに反応しがちなのよね。

 

自分は男性でありながら女性的な資質も強いので、

とかく男性に対して生理的な嫌悪感や、気持ち悪い!って思うところがある。

 

だからこそ、自分が感じている違和感や嫌悪感と、

冷静にかかわっていかないと、その感情にのまれて判断したり行動してしまうことになる。

 

陥りがちなのは、

 

相手のことを嫌っちゃいけないな!

すべては自分が創っているから、「嫌い」っていう感情を解放しなきゃ。

 

っていう流れ。

 

かつての自分もそう思ってしまうところがあった。

 

相手から不快さを受け取っているのは自分が悪いんだ。

相手が私を責めて怒るのは自分が悪いんだ。

 

外に原因を求めちゃいけないのはたしかだけど、

自分ばかりに向けすぎるのもバランスを欠いてしまう。

 

あるとき、偏った「自己責任論」を捨てた。

 

相手から不快さを受け取っている。。。

という反応をしている。ただそれだけ。そこにいい悪いもない。

 

相手が私を責めている。。。

でも、それは相手の問題。私はただそこから出てくる感情の面倒を見ればよい。

 

そのように意識し続けるだけで、

かなりラクになった。

 

不快さに悪いという自動反応に従わなくなったら、

反応してしまう経緯が見えてくるようになった。

そのあと、どうしていけば良いか見えてくるようになった。

その視点で付き合っていたら、

相手に反応してもそのまま受け入れるようになっていった。

次第に反応する必要がなくなっていった。

そして、無関係になっていった。

 

誰かに責められる、感情を向けられる。

相手をどうしたらよいかではなく、

自分の感情をどうしていくかだけに集中した。

相手からの挑発にのらずに、自分の思いだけを大切にした。

その視点で付き合っていたら、

次第に相手が感情を向けないようになってきた。

相手の感情をつなぐだけの代償行為をしなくなっていった。

そして、無関係になっていった。

 

人間関係って、

各自が積み重ねてきた「思い込み」のせめぎあいで成り立っている。

 

そこに共通点を多く見いだせれば、

心地よい関係性が生み出されていくんだろうけど、

必ずしもそうはいかず、むしろ「合わない」のが前提になるだろう。

 

そうしたなか、会社のような肩書きや地位が決められているところは、

役職の序列に応じて妥協点が見いだされていく。

 

また、一見フラットに見える集団のなかでは、

「発言力が多い」「口が達者」「圧が強い」など力の奪い合いの勝者によって、

「思い込み」の枠が決められていくところがある。

 

集団での思い込みは、競争や序列で決められる。

そして、個人はそれに合わせることを余儀なくされる。

 

うぅん、こういうところがモヤモヤ来るところ。


人間って孤独を恐れ、それゆえに集団やコミュニティーをつくりたがる。

 

そこの枠組みが結束し強固になっていくほど、

反発するもう一つの重力が生まれてくる。

そして、いつしか無意識のうちに感情ゲームのループに入っていく。

 

ここを踏まえて、いかに自分は人間関係を構築していくか、

孤独になりすぎず、かといって集団にのまれすぎず、

バランスの良い着地点を見い出していきたいものだ。