ちょっと前にも触れましたが、4年前にNICUで働いていて13トリソミーの女の子を受けもちました。
知っている方も多いと思いますが、この病気は染色体の異常で、まず生きて産まれてくることもキセキ的です。
この子のご両親は40代で初産と高齢出産であり、不妊治療でやっとできた待望の我が子でした。妊娠中に病気がわかり、色んな病院を巡り巡って私達の病院で出産することに決まりました。
赤ちゃんが産まれNICUへ運ばれてくると、びっくりする位大きな声で元気に泣いて私達に挨拶してくれました
スタッフみんなで、すごいねー元気だねー、って喜んだことを覚えています。
そしてパパが面会に。パパは満面の笑みでハルハルちゃんの名前を呼び、手を握っていて、私はその愛情の大きさに、この子はとーっても愛されて産まれてきたんだってことに、とても感動し涙がとまりませんでした。
その日は夜勤だったのですが、余りにも綺麗な朝日で、ハルハルちゃんが産まれたことをお祝いするような暖かい光で、この先きっとこの子は幸せな人生を送るだろうと確信し、ご両親との交換ノートの一枚目に写真としてのせました
翌日にはママも面会にみえて、カンガルーケアをしました。ハルハルちゃんを見つめる眼差しの優しさに見惚れてしまうような姿でした。
その後も体調は安定していたため、早期に退院をして家族の時間を増やしてあげようと、生後2ヶ月での退院が決まりました。退院に向けて、色々なケアの方法をママに指導し、都と地域の訪問看護にも入ってもらい何度も相談をし、いよいよ退院が1週間後になったときに試験外泊をすることになりました。
お昼にご両親が迎えに来て、笑顔で見送ったのですが、翌日の夜中1時頃にパパから病院へ電話が入りました。たまたま私が電話を受け取ったのですが、ハルハルちゃんが吐いて息をしていない、との内容でした。急いで救急車で病院に向かってもらいました。あのときの光景は今でも忘れられません。パパもママも動揺しており、そのショックは計り知れないほどでした。
懸命に蘇生を行い、心臓は戻りましたが、結果的にハルハルちゃんは脳死という状態になってしまいました。
ご両親は自分達をただひたすら責めており、しばらくはハルハルちゃんも不安定な状態が続きました。
少しずつ少しずつ、パパとママも元気を取り戻し、ハルハルちゃんも落ち着いてきた頃、ご両親はある決断をしました。それは、ハルハルちゃんを自宅に連れて帰るということでした。
この決断は、ご両親にとってはとても勇気のいるものだったと思います。またあのときのような事が起きたらという恐怖が強く葛藤は大きいようでした。それでも、愛する我が子と一緒に暮らしたいと決めさせたのは、やはりそれだけ大きな存在だからだと思います。
それからはより細かな退院指導、在宅医療の確保、そして何度も試験外泊、院内外泊を繰り返し、きちんとした体制とご両親の気持ちが整ってから、1歳前に退院となりました
それから3年、ハルハルちゃんは一度も感染症もなく、お家で過ごしています
今では、ディズニーへ家族旅行に出かけたり、療育園に通園したりと沢山の経験が増え、沢山の友達も増えました。そして、脳死の子供をもつ親としてブログで公開したり、講演会ににも参加されています。
数ヶ月に一度、ご自宅に遊びに行くのですが、今日はハルハルちゃんの4歳の誕生日会なんです

大きな病気を抱えながらも、生き抜いている小さな命、そして全力で守り愛情を注ぐご両親、ほんとうにほんとうに私はこのご家族に多くのことを学ばせていただいてます。命とは、人生とは、親子とは、、、
この日を一緒にお祝いできることに、感謝でいっぱいです
というわけで、大きなバルーンとメダルカードのプレゼントを持って、誕生日会にいってきます
iPhoneからの投稿
知っている方も多いと思いますが、この病気は染色体の異常で、まず生きて産まれてくることもキセキ的です。
この子のご両親は40代で初産と高齢出産であり、不妊治療でやっとできた待望の我が子でした。妊娠中に病気がわかり、色んな病院を巡り巡って私達の病院で出産することに決まりました。
赤ちゃんが産まれNICUへ運ばれてくると、びっくりする位大きな声で元気に泣いて私達に挨拶してくれました
スタッフみんなで、すごいねー元気だねー、って喜んだことを覚えています。そしてパパが面会に。パパは満面の笑みでハルハルちゃんの名前を呼び、手を握っていて、私はその愛情の大きさに、この子はとーっても愛されて産まれてきたんだってことに、とても感動し涙がとまりませんでした。
その日は夜勤だったのですが、余りにも綺麗な朝日で、ハルハルちゃんが産まれたことをお祝いするような暖かい光で、この先きっとこの子は幸せな人生を送るだろうと確信し、ご両親との交換ノートの一枚目に写真としてのせました

翌日にはママも面会にみえて、カンガルーケアをしました。ハルハルちゃんを見つめる眼差しの優しさに見惚れてしまうような姿でした。
その後も体調は安定していたため、早期に退院をして家族の時間を増やしてあげようと、生後2ヶ月での退院が決まりました。退院に向けて、色々なケアの方法をママに指導し、都と地域の訪問看護にも入ってもらい何度も相談をし、いよいよ退院が1週間後になったときに試験外泊をすることになりました。
お昼にご両親が迎えに来て、笑顔で見送ったのですが、翌日の夜中1時頃にパパから病院へ電話が入りました。たまたま私が電話を受け取ったのですが、ハルハルちゃんが吐いて息をしていない、との内容でした。急いで救急車で病院に向かってもらいました。あのときの光景は今でも忘れられません。パパもママも動揺しており、そのショックは計り知れないほどでした。
懸命に蘇生を行い、心臓は戻りましたが、結果的にハルハルちゃんは脳死という状態になってしまいました。
ご両親は自分達をただひたすら責めており、しばらくはハルハルちゃんも不安定な状態が続きました。
少しずつ少しずつ、パパとママも元気を取り戻し、ハルハルちゃんも落ち着いてきた頃、ご両親はある決断をしました。それは、ハルハルちゃんを自宅に連れて帰るということでした。
この決断は、ご両親にとってはとても勇気のいるものだったと思います。またあのときのような事が起きたらという恐怖が強く葛藤は大きいようでした。それでも、愛する我が子と一緒に暮らしたいと決めさせたのは、やはりそれだけ大きな存在だからだと思います。
それからはより細かな退院指導、在宅医療の確保、そして何度も試験外泊、院内外泊を繰り返し、きちんとした体制とご両親の気持ちが整ってから、1歳前に退院となりました

それから3年、ハルハルちゃんは一度も感染症もなく、お家で過ごしています

今では、ディズニーへ家族旅行に出かけたり、療育園に通園したりと沢山の経験が増え、沢山の友達も増えました。そして、脳死の子供をもつ親としてブログで公開したり、講演会ににも参加されています。
数ヶ月に一度、ご自宅に遊びに行くのですが、今日はハルハルちゃんの4歳の誕生日会なんです


大きな病気を抱えながらも、生き抜いている小さな命、そして全力で守り愛情を注ぐご両親、ほんとうにほんとうに私はこのご家族に多くのことを学ばせていただいてます。命とは、人生とは、親子とは、、、

この日を一緒にお祝いできることに、感謝でいっぱいです

というわけで、大きなバルーンとメダルカードのプレゼントを持って、誕生日会にいってきます

iPhoneからの投稿





フラは神聖なものなんですね

話には聞いていたけど、やっぱフラって難しいんだなぁ
ってことで、入会きめちゃいました
うまくなれるといいな

入会金に料金は含まれているそうですが、なんだか自分で作ったスカートで踊るって、また神聖な感じです
一年以上ボブスタイルだったから、そろそろ伸ばそうと決意