taxの羽生選手がモチベーションだから

taxの羽生選手がモチベーションだから

羽生選手を応援するone of them
「羽生選手と英語」彼が言い表す英語と彼を言い表す英語をメインに

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2022年度、2日目。

 

わたしの人生はパンチョを大切にすること、

そして、羽生選手を応援すること。

 

進学、進級の時期ではありますが、

わたしは何も変わっていません。

 

月日が流れても、

変わらないもの。

本当に大事にしています。

 

この時期はパンチョの誕生日、

そして世界選手権の時期。

 

Twitterで羽生選手の2012年の「ニース」、

そして2017年の「ヘルシンキ」の投稿を

たくさんたくさん目にしました。

 

心が躍ったあの日、

パンチョがいたあの日。

 

忘れるはずもなく、

忘れられない瞬間です。

 

幸せだったあの時を、ずっと、ずっと、ずっと

心に刻み込んでおきます。

 

北京オリンピックが終わって、

しばらくたちましたが、

 

過去も今も、そして未来も、

きっとわたしに大きく影響をもたらした

パンチョ、

羽生結弦選手を、

 

わたしは精一杯、敬います。

 

パンチョは、

わたしだけが知る最愛ですが、

 

羽生結弦選手は

Figure skater's figure skater.

 

誰もが認める、

最高のフィギュアスケーターです。

 

間違いありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

5回目の月命日、
11月30日。

かわいいパンチョの思い出を
忘れたくない、
そう思う毎日です。

だから、
私はパンチョの絵を描いて、
あー、こんなにまんまるだったなぁおねがい
こんな変な顔、良くしてたなぁ爆笑(笑)
白黒の模様はこんなんだったなぁおねがい
と、思い出します。

私のかわいいパンチョは、
私にとって永遠です。
絵は飽きるまで描き続けますニコニコ









久しぶりの投稿です。

もうすぐ12月・・・ですね~。

早い、とにかく早くて、

気持ちが置いてきぼりな感じが、

否めませんあせる

 

そして、あの日からもうすぐ5か月。

今日は17年間一緒にくらした

猫のパンチョの気持ちを物語にしました。

素人臭い未熟で稚拙な文章ですが、

私が勝手に想像した忘れたくない

パンチョの気持ちです猫

(こんな風に思ってくれていたらうれしいな)

 

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(キャットタワーの上で語りかけるパンチョ 2005年2月13日)

【パンチョがみつけたたいせつ】

 

ボクの名前はパンチョ。
いい名前でしょ?
お気に入りの名前なんだ。

ボクは普通のネコ。
白がメインの白黒の毛皮はふわふわなんだ。

みんなから「かわいいね」って言われて

ボクは誇らしい!

ボクは神様からもらった命を抱えて、
元気に生まれてきた。
生まれた日から愛情たっぷりに

お母さんや兄弟と一緒に過ごした。
ボクはステキなお母さんも

ヤンチャな兄弟たちも大好きだ!
大切その1
誕生


生まれてから1ヶ月後、ボクは引越しをした。
お母さんや兄弟は一緒に来なかった。

お母さんも兄弟もいない。
寂しいかな、

悲しいかな、
誰もいないのかな?
あ、誰かいる。

そこは出逢う場所だった。
その時はどうして、
そこに行ったのかはよくわからなかっけど、
生涯の友だちが待っていんだ。

引越した初日から寂しくなかった。
お母さんみたいに優しくて、

兄弟みたいに遊んでくれる友だちに

出逢えたから。
ボクと友だちは家族になったんだ。
家族になった友だちのことが大好きになった!
大切その2
めぐり逢い



友だちは、
ボクと比べたらものすごく大きくて、
ニャーとも鳴かない。
二本足で歩くし、
いつもお出かけするし、
縄張りが広いんだ。
んん、やっぱりボクとは違うな。
それでもボクたちはいろんなことを
分け合ったんだ。
大切その3
共有



ボクは、いつもおいしいご飯を食べた。
どこからそのおいしいご飯が来るのかはわからないし、

友だちが狩りをしている様子もない。
でも美味しいご飯で満足だ。
美味しいご飯の合図は、ビニールの袋。そこに入ってるんだ。
「カサカサ、カサカサ」この音。
幸せの音だ。
ボクはビニール袋をペロペロして、
ご飯食べたいアピールをしたんだ。
「はらべしー、はらぺこパンチュ、食いしん坊」って、
いつも友だちに言われた。
でもしかたないよ。
そんなボクをみていつも友だちは、
「パンチョー、なにたべようかぁ?」って聞いてくれたんだ。
美味しいご飯、ボクの好物ばかり。
ボクのお皿にはご飯が山盛りだ!
おいしいご飯を持って帰ってきてくれる友だちのことが大好きだ。
大切その4
満腹



ボクはたくさん遊んだ。
おもちゃもキャットタワーもあった。
うれしい!高いところが大好きだ。
カーテンレールの上、棚の上、

友だちの服がもっさりのっているハンガーかけの上。

どこにでも飛び乗った。
あー楽しい!
キャットタワーも一番上が好きだ。
一番高いところから友だち目掛けて飛んだ!ムササビだぁ!
友だちは「怖い、怖い」って言いながら笑ってくれた。
いろんなおもちゃで遊んだ。
ひたすら楽しかった。
たまにしつこくすると、友だちは、
「早く寝ちゃいな!」って言ったけど。
いつも熱く遊ぶボクをかまってくれる友だちのことが大好きだ。
大切その5
元気


少しだけ縄張りを広げてベランダに出てる日もあった。
ある日の朝、雀ちゃんを捕った。
本能だからね。
友だちに見せたら

「パンチョ、えらいね、すごいね」って言ってくれた。
雀ちゃんは友だちが逃したけど、

ボクは嬉しくてまた頑張ろうと思ったんだ。
今日も鳥さんたちがチュンチュン鳴いている!
ベランダに出てボクは鳥さんを眺める。
褒めてくれる友だちのことが大好きだ。
大切その6
モチベーション

 

 

ある日ボクと友だちは引越しをした。
ボクにとっては2度目の引越し。
でも今度はひとりじゃない。
友だちはボクがネコだから、安心して暮らせる場所を選んでくれた。
新しい場所はボクにとって不安で部屋中歩き回って探検をした。
クンクンクン、
危ないものはない、大丈夫。
友だちはボクを心配してだけど、
ボクは友だちが心配だった。
だって、友だちは夜中にトイレに起きた時トイレの場所がわからなくて、

しばらく壁の前でトイレのドアを開けようとしてた。
寝ぼけていたんだ。
ボクはちょっと笑った。間抜けだな。
でもどこにいてもふたりなら大丈夫!
安全な場所を選んでくれた友だちのことが大好きだ。
大切その7
安心



毎日毎日、友だちは「行ってきます」って言うと

家を出てからしばらくボクは1人だった。
ある時は1週間以上帰ってこない。
長い時は1ヶ月だ。
ひとりは嫌いじゃないけど、
いつ帰ってくるかわからないのは不安だった。
もちろん長く帰ってこない時はお世話人さんが来てくれたけど。
夜になって暗い部屋で待つのは

ちょっぴり寂しくて心細くてお腹も空いて友だちを探した。
でもね、友だちは必ず帰ってきた。
足音が聞こえる。
ほら!帰ってきたよ!
「パンチョーただいま!いいこにしてたぁ?今日は何してたのぉ?」って

聞いてくれる。
だからボクは

「いい子にしてたよ!お留守番してたよ!ご飯くださいなぁ」って

言ったんだ。
信じて待ってるんだ、いつも。
時間が来ると必ず帰ってくる友だちが大好きだ。
大切その8
信頼


ボクが大好きなことは食べることや遊ぶことだけじゃないよ!
他にも大好きなことがある!
あったかくて、ホッとして、落ち着くんだ。
友だちの足下で、
ボクが、ニャーって言うと、
友だちは「ここおいで」ってお膝をポンポンって叩く。
ボクはそこに飛び乗る。
あったかくて安定していて鼓動を感じる膝の上。
「かわいねーいい子だねーあったかねこちゃん」っ言いながら友だちはボクを撫でてくれる。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら膝の上で寝る。
いつも一緒にいてくれる友だちが大好きだ。
大切その9
ぬくもり


毎年誕生日にはお祝いをした。
特別なご飯をたくさんもらって、
プレゼントももらった。
友だちと楽しく過ごして、ボクは幸せ。
いつもハッピーバースデーの歌を歌ってくれたんだ。
ボクはなんだか恥ずかしくて、くすぐったい気持ちだけど、

毎年大きな声で歌ってくれる友だちのことが大好きだ。
大切その10
思い出


クリスマス、お正月、誕生日、普通のなんでもない日も

一緒に日々を過ごしたんだ。
来る日もくる日も。

1日、
1週間、
1ヶ月、
1年、
10年、
15年、
16年、、、
月日が過ぎても、
変わらず楽しく過ごした。

そんなある日、
具合が悪くなった。
隠そうと頑張ったけど、
もう、おじいさんになって隠せなくなった。

病気になった。

友だちが泣いた。

ボクをギューっと抱きしめて、
「ごめんね、ごめんね」と言って泣いていた。
なんで泣いているのかボクにはわからない。
ボクが病気になったことが悲しいのかな?
ボクはどうしたらいいかわからなかった。
だから精一杯闘ったんだ。
投薬の日々が始まって、
たくさん通院しなければいけなかった。
でも、
注射は痛くないよ。
病院も我慢できるよ。
だから、ボクは友だちに泣かないでと言ったんだ。

闘病が始まってから、
友だちはボクを抱っこして
「大丈夫だよ、パンチョ大丈夫だよ」って言う。
そして、毎日、
「パンチョの病気が治りますように」って祈ってくれた。
ボクのためにいろいろしてくれる友だちのことが大好きだ。
大切その11
前向き思考


友だちはフィギュアスケートが大好きだ。
オフシーズンはアイスショーに出かけて、

幸せそうな友だちを見てボクもうれしかった。
オンシーズンは試合を観ることに没頭してたんだ。
夜中に起きたり、早朝に起きたり、
有給休暇を取ってテレビの前やパソコンの前で応援していた。
ボクもそれに付き合ったんだ。
友だちが一喜一憂しているから、ボクはそばにいてあげた。
そして試合の結果が出ると歓喜に満ち溢れて、ボクを抱っこして
「パンチョ、パンチョ、勝ったよ、勝ったよ!」って嬉し泣きするんだ。
ちょっと迷惑だったけど、ボクもなんだかうれしくなる。
嬉し泣きして、喜んでいる友だちをみるのが大好きだ。
大切その12
友情


また一年が過ぎた。

ボクは、もっと病気になった。
それでも頑張ろうと思ったけど、
トイレの場所がわからなくなったり、
意識がなくなることもあった。
友だちは相変わらず毎日泣いていた。
「ごめんね、ごめんね」って。
謝らなくていいのに。
ボクは大丈夫なのに。
ボクこそごめんね、また病気になっちゃった。
そうだ!
大好きなフィギュアスケートの動画を
一緒に観よう!
ね、だから元気出して。
ボクが元気つけてあげられる友だちがいる、うれしいな。
大切その13
心の拠り所


神様のところに帰る日が近づいてきた。

気が付いたんだ。
ボクは友だちの生活を豊かにするために
ここに来たんだ。
それが使命だったっんだって気が付いた。
だって、いつも友だちはボクと一緒が幸せでうれしそう。
一緒の時間、幸せがこのまま続けばいいのに。
でも時間が来たら帰らなきゃいけないんだ。
残念だな、いやだな。

そして、

とうとうその時が来た。

ボクは長い時間意識を失っていたけど、
神様と話をしていたんだ。
帰りたくないな。
友だちが「1人にしないで、置いていかないで」って泣いている。
「病気を治してあげられなくて、ごめんね」と言って号泣している。

でも神様は言った。
「時間だよ。君は十分、それ以上に友だちを幸せにしてあげたよ。

友だちも君が帰らなければいけないことをわかっているよ。」

あ、
お気に入りのフィギュアスケートの動画だ。
これ、本当に好き。
良かったなぁ。
すごかったなぁ。
世界最高得点だ!

そうだ、これを観たら行こう。
幸せだな、一緒に観れて。
大切な瞬間、

出発前にお気に入りの動画を一緒に観てくれた友だちが大好きだ。
大切その14
感謝


そして、暖かい気分でボクは行ってきますって言った。
友だちも「パンチュ良くがんばったよ、勇敢だったよ。いってらっしゃい、気をつけてね」って言ってくれた。

ボクたちは、
必ずまた会おうねって約束をした。

ボクはネコだ。

友だちはボクとは違う。

だけど、ボクたちには常にお互いを思いやり、愛情があった。
大切その15


ボクは神様からの贈りもの、
そして、ボクは友だちに出逢った、生涯の友だちに。
大切な時間と気持ちを共有して一緒に過ごすために。

今でも毎日友だちはボクに話しかける。
「パンチョ、いってきます、いい子で待っててね、早く帰ってくるからね」
「パンチョ、ただいま、いい子にしてた?」
「パンチョ、いつもありがとう」
「パンチョ、大好きだよ」

だからボクも言うんだ。
「いってらっしゃい!」
「おかえり!お留守番してたよ!」
「大好きだよ」って。

幸せな楽しい時間、
満たされた日々、
不安のない毎日、

絆で結ばれた家族、

かけがえのないたいせつなものがたくさんあった。

大切その16

平穏

友だちに伝えたい、
ボクは、
友だちと大切な時間を過ごすために
一生懸命生きたよ。

そんなボクの声が友だちに聞こえたらしい。
「パンチョ、一生懸命生きてくれてありがとう」って言ってくれた。

ボクは友だちの名前を何度も繰り返し呼ぶ。
友だちもボクの名前を何度も何度も繰り返し呼ぶ。

ボクはたくさんの友情と愛情を分かち合った

生涯の友だちが1番大切だ。
大切その17
生涯の友だち

みつけたたいせつなこと、
大切にしよう、いつまでも。




パンチョは妹が保護した野良猫ちゃんの子どもでした。
少しでも多くの野良猫ちゃんが救われますように。



(膝の上のパンチョ 2015年5月1日)






 

4連休3日目です。

楽しく幸せで
心穏やかに過ごしたいです。
だって、
待ちに待った4連休ですから。

ゆっくり、
のんびり、
すこーしずつ、
前を向いて、
片付けと、
向き合って、
わたしが怠っていた、
必要のないものを、
「捨てる」ことを
しています。

パンチョがいなくなってから
7月の連休、
8月の夏休み、
そして、
9月の連休と、、、

休みは辛いです。

否応なく、
パンチョがいた、
その時間を思い出す。

だから、
せっせと、
片付けを始めました。
何かをしていないと、
辛いからです。

そして、
片付けにも飽きてきた、
この連休、

悲しくて、寂しくて、恋しくて、

絵を描きました。

シャーペンですけど。

優しく、
撫でるように、
語りかけながら、
わたしの大好きな写真の、
パンチョを描きました。





描いていると、
パンチョの
色々が思い出されます。

そして、
もう1人、
常にわたしのモチベーション、
羽生結弦選手。

今年はその華麗なスケートが
まだ見られず、
ただただ、
元気に、
練習が、
できていることを
願って、

わたしの大好きな写真から、
絵を描かせていただきました。

これまたシャーペンです。



たくさん時間があって、
自分のために使えることに
感謝しながら、

パンチョ、いつもありがとう。
大好きだよ。

羽生選手、ずっと応援しています。
私にやる気と気力をくださり、
ありがとうございます。

待ちに待った

日本テレビの24時間テレビ、

羽生くんのリモートインタビューニコニコ

 

羽生くんは2014年から

出演をしているそうです!

今年で7回目です!

 

今年は感染症で、

いつものような24時間テレビでは

ありませんでしたが、

 

ちょっと狂喜乱舞しました富士山

オープニングタイトルコールは

羽生くんでした乙女のトキメキ

youtubeにオープニングの動画上がってましたおねがい

 

この後、羽生結弦選手のリモートインタビューの動画もきっと観られますねラブ

 

それに先駆けまして、

羽生結弦選手の部分、

書き起こしました。

 

【ナレーション】

813日、羽生結弦が今を語ってくれた。

【羽生選手】

出来る限りのところではマスクをして、

出来る限りのところは全て消毒して、みたいなことをひたすら頑張ってやってるつもりです。

【ナレーション】

スケートの練習中も感染対策に気を遣っている。

【羽生選手】

僕ら、えー、靴に触らきゃいけないスポーツなので。

【ナレーション】

スケート靴はウィルスが多い床と接触。

しかし、練習の前後には靴の手入れが必要だ。

更に。

【羽生選手】

スケートはいる時にエッジケース外して、あのおでこにつけるじゃないですか?、結局もうすごい床に触れちゃってるので、すごい気をつけたりもしなきゃなぁとか思ったりとか。

【ナレーション】

世界を一変させたコロナウィルス。

スケート界でも試合やアイスショーが中止。

羽生の練習時間も大幅に削られた。

そんな中、動いていたこと。

【羽生選手】

勉強してました、ひたすら(笑)

【ナレーション】

羽生は早稲田大学の通信課程で人間情報科学を専攻。

卒業論文を書いていた。

【羽生選手】

フィギュアスケート履いて、モーションキャプチャ技術っていうのがどれだけ使えるのかっていうのと、あとどいう風な展望があるのかっていうのを、あの、まともた論文です、基本的には。

【ナレーション】

これが羽生の卒業論文。

3Dモーションキャプチャによるジャンプの研究」

自らの体にモーションキャプチャを着け、実際に陸上でジャンプを跳んで研究した。

3回転半ジャンプ、つまりトリプルアクセルをデジタル化。

将来的に選手の技術の向上やAI採点などスケート界の発展に役立てたいと願っている。

【羽生選手】

練習時間が少なくなってしまったからこそ、勉強にすごく集中できていて、えー、自分の論文を完成させられたことが1番動いたことかなって思っています。

【ナレーション】

一方、感染拡大が続く中、最前線で闘う医療従事者のため羽生自身ができること。

【羽生選手】

病床数が増えれば増えるほど、医療の最前線で本当にウイルスと闘かっている方々ってすごく大変だなぁっていうのは常日頃感じていて、ウイルスを、まずは、あの、自分に感染させない、で、また、そこから拡げないっていうことをすることこそが、なんか一番の皆さんへの応援じゃないかな。感染拡大に繋がるよう行動をしないっていう選択をしてるだけで、僕たちはその、回復した未来に向かって動けてるんだなっていう風に思っているので

【ナレーション】

そして人々の前で再びスケートが出来る未来へ

羽生結弦は動き続けている。

【羽生選手】

早く皆さんの前で思い切って、

本当に、なんですかね、少しの不安もなく少しの心配もなく、

自由に演技して、

自由に声を出して、

自由に笑える、

自由に泣ける、

そんな日が来ることを願ってます。

 

卒論完成!!!!!!!

おめでとうございます爆  笑

 

羽生くん、想定外の情報でしたが、

なんだか、しらんけど、

充実感が(笑)

 

あ~羽生くんって、なんだろう、

おとぎ話の人の様で、そうでない、、、

 

親友も言ってました、

「羽生さんは人間国宝級で地球人とは思えない尊い存在なんだけど、遠い存在じゃない。私たちと同じラインに立って、同じ事を共有して、一緒に生きているって思えるスーパースター」

だと。

 

彼は不思議な人です。

色んな力があります。

そして、その力に、

私はものすごく助けられています。

 

良かった、羽生結弦という存在がいて。

今日もその不思議な力を

もらいながら、幸せな気持ちになりました。

 

パンチョがいなくても。

 

 

2015年から私はパンチョと一緒に

必ず24時間テレビの羽生くんを

観ていました。


(2015年6月13日 羽生くんの名前を出して気を引くが、全く無視のパンチョ)

 

この書き起こし、

あとで英訳しような?

時間あったら。

 

今日はパンチョの四十九日です。

時はどんどんわたしのそばを
ビュンビュンと
音を立てて、
通り過ぎて行きます。

それが、私にとって、
何なのか?は、
わかりません。

ビュンビュンと、
過ぎていくことで、
パンチョの記憶が、
遠くなるのは、寂しいです。

色々考えます。

パンチョがそばを離れて
パンチョが私にもたらす物、、、

睡眠時間、
時間の余裕、
(以前とは違う)やる気、
酒、
喪失感、
孤独感、
虚しさ、
切なさ、
不安、

(強くなった)愛おしすぎて、会いたい気持ち、

かわいいパンチョは、
色んな表情を見せてくれて、
色んな声で話しかけてくれました。
もっと顔を見ながら
話したかったです。

パンチョがもたらす、
プラスもマイナスも、
一緒に過ごした日々が
あってのこと。

だから、結局、

パンチョ、
頑張るよ。ありがとう。


(羽生くんの応援に必死な私に向ける眼差し)











す今日は8月16日。
私の夏休み、
最終日。

パンチョのお盆、
最終日。
(パンチョの新盆は来年ですが)

私はこの休みの間、
片付けを始めました。

パンチョがいない、
寂しさを埋めるために、
そして、
私の人生の、
残りを、無駄なく、
大切なものとだけ、
過ごすために。

人生初、
メルカリ出品も
しました。
(購入していただけました爆笑

部屋はゴミ袋で
溢れています。

私が独立してから25年、
(正しくはもっと前からですが、
出たり入ったりだったので)
溜まりに溜まった
物たち。

パンチョと一緒だった、
17年間と
羽生選手を応援している
6年間以外のもの、

それ以外は処分します。

今年中に、
私の考える、
私に必要な物、
それ以外は、
ここにはないよう、
続けて勤しみます。

休み最後は、
私たちの大好きな時間、
「パンチョ、ゆづくんの素敵なやつ、見よかぁ」ニコニコ







羽生くん、いつも、どこでも、
私たちはあなたを応援していますラブラブ








もうすぐお盆を迎えます。

こんなに意識したお盆は、
わたしの人生で、
初めてです。

お盆は、新盆(初盆)と
旧盆があるようですが、
パンチョの新盆(初盆)は
来年のようです。

パンチョの四十九日の後初めて迎えるお盆、
それは来年です。

四十九日は8月17日だから。

ただ、仏具を揃え、
お盆を迎えたい
そんな思いで、
仏具を購入しました。


高価なものではありません。

でも、まだ
パンチョが、あの世とこの世を彷徨い、
出発はしたけれど、

無事に虹の橋のふもとにたどり着く、

四十九日が過ぎたら、

安心して、
待っていて欲しい。

待っていてくれるだろうか。

優しい人についていかないだろうか。

亡くなってもなお、
パンチョの心配は
尽きません。

いつも、
毎日、
言います。

しつこく、、、
「パンチョ、大好きだよ」
「私のかわいいパンチョ」

聞こえるだろうか、
私たちが羽生結弦選手の
演技、インタビューを
見て聞いて、
過ごしていた
大好きな日常が。

そこには、いつもあった。


(2020年4月30日)

最近Twitterで見かけたので、考えてみました。

私は羽生選手が大好きで、彼の出ないフィギュアスケートの試合も良く観ます。

(私は採点できるほど技術の知識はありません)

 

採点競技の難しさは昔から指摘されており、どうしたら正しくジャッジできるのか、してもらえるのか、

どうしたら改善できるのか、改善してもらえるのか、

ファンならずとも気になっているところだと思います。

 

審判に全てが委ねられているフィギュアスケート競技。

 

納得いかない、そんな評価もあります。

 

少し古いのですが、NBCの2018年の記事です。

(素人訳&意訳なので誤訳あるかもです)

 

※ソース

https://www.nbcnews.com/storyline/winter-olympics-2018/figure-skating-lets-judges-who-break-rules-return-judge-another-n845441

 

2010年、ドイツ人ジャーナリストはフランス、クルシュベルでジュニアフィギュアスケートの試合を観ていたがその時、妙なことに気が付いた。

そのジャーナリストはフランスの付添人たちとジャッジスタンドの裏に座っていたが、イタリア人ジャッジ、ウォルター トイゴが他のジャッジのスコアを見ているのを目にした。

 

スコアを覗き見ることは国際スケート連盟のルールブックにおいてジャッジとして重大な違反であり、採点は相談、談合なしにジャッジするものとしている。その後の国際スケート連盟による調査では、付添人とジャーナリストはトイゴが試合のジャッジをしている間、常に左右両隣のジャッジのコンピューター画面を見ているその奇妙な行動をビデオに録画したとしている。

 

その彼が今、韓国、平昌でジャッジとして復帰している。

彼は2018年冬季平昌オリンピックの選ばれし48人の内の1人、れっきとした審判員である。

 

フィギュアスケート界ではルール違反をしたジャッジが永久追放処分は受けていない。

NBCの調査では、重大なルール違反に対して処罰を受けたジャッジでも国際大会で審判として戻っている。

少なくとも4人の処罰を受けたジャッジがつい最近の2017年にも国際大会の審判を務めている。

2014年オリンピックの審査員の中に、何年も前にオリンピックのアイスダンス競技において不正を試みたとして処罰を受けていた一人が物議を呼んだロシア人スケーターが金メダルを獲った審判団にいた。

 

今年の冬季オリンピックでは採点資格のあるジャッジは164人だが、リストの48人に加え各国に職員の派遣を要請しているため、他の全ての採点資格のあるジャッジは代理で採点をする可能性がある。

 

その予備要員の中には、トイゴに加え、ロシア人ジャッジのSviatoslav Babenkoも含まれている。彼は自分の最終順位を他のジャッジに足で音を立ててサインを送り、別の時にはロシア語で他のジャッジと会話をしたとし、2度処分を受けた。

 

両方の事件の後、Babenkoは審査に復帰した。

(ほか記事)

https://buffalonews.com/news/two-skating-judges-suspended-for-collusion/article_5878a47d-620e-5530-9bf8-7b3581ad1df1.html

 

1999年ヘルシンキで行われた世界フィギュア選手権でウクライナジャッジと情報交換をしたとして訴えられた。

カナダ人のテレビクルーにビデオ録画されたBabenkoがペア競技の際、ウクライナジャッジに自分の最終順位をサインで送り、二人のスコアは実際おおむね同じスコアだった。

 

Babenkoは3年間の追放処分を受けたが、後に18か月に短縮された。

 

2016年、彼はジャッジの一人としてスロバキアで行われた国際大会にいた。

 

フリースケートに向けてペア競技に出場していたイギリスのChristopher BoyadjiとZoe Jonesはメダル獲得を目指していたがその時点で4位だった。

 

ISUの懲戒報告書によりと、彼らのフリーの演技中、Babenkoともう一人のジャッジは「かなり大きな声で」ロシア語で話し始め、彼らの声はとてもうるさく、他の4人のジャッジは競技中にも関わらず「一斉にその方向を見た」としている。

 

ISUのガイドラインではジャッジはパフォーマンス中に会話をすることは無礼以上のものであり、仮に日常の間で話す必要があるならば、正当性のある誰もが理解できる公用言語の英語を使用しなければならないとしている。

 

懲戒報告書ではロシア語で何を話したかには明記されていない。ロシア人ぺアはそのイベントでメダルを総なめにし、アメリカ人ペアは大きく水を開けられた4位、ボヤッジとジョーンズは誤って操作されたエレベーターの様に6位に沈んだ。

 

ISUはBabenkoを2度目の停止処分にした。Babenkoとベラルーシのレフリー、Alexandre Gorojdannovが6か月の停止処分となった。

 

Babenkoと談笑していたリトアニアのLaimute Krauzieneは厳重注意のみで、停止処分にはならなかった。

 

3人とも処分を受けたのち、国際大会で審査している。

 

Babenkoは平昌の予備要員であり、オフィシャルリストには上がらないと思った。GorojdanovとKrauzieneは予備には入っていなかった。それはベラルーシとリトアニアのジャッジは今回のオリンピックでは必要なかったからだ。

 

その他にも最近停止処分になったウクライナのYuriy Balkovはアリーナ ソトニコワが金メダルを獲得したソチオリンピックで審査員だった。韓国人に絶大な人気があったユナ キムをめぐる論争の的となった。

 

Balkovは長野で開催された1998年冬季オリンピックでペアアイスダンスの試合で不正しようとしたと記録されていたにも関わらずジャッジとして許可された。

 

(Of the 164 judges who are eligible to judge figure-skating events at the 2018 Winter Olympics, 33 now hold or have held leadership positions in their national skating federations. Some of the judges serve or have served in leadership roles in the national federations of Germany, Japan, Russia, Austria, Australia, Canada and the U.S.NBC News)

 

カナダ人ジャッジJean Senft氏によれば、Balkovは長野オリンピックに先立ち、個人的に彼女に会い、彼女に順位付けの方法を伝えたとしている。

 

Sentf氏のBalkovへの不安は以前の大会から大きくなった。彼女はISUに彼のしていることを警告したたが、証拠に欠けると言われたとNBC Newsに話してくれた。長野オリンピックでは彼女はテープレコーダーをカバンに忍ばせBalkovの提案を録音した。

 

Balkovはアイスダンスイベントでの不正に失敗した。

 

ISUは最初にSentf氏に対し、彼女のスコアは他のジャッジよりカナダ人アイスダンサーのスコアが高く、国的バイアスがかかっていると指摘した。

彼女がBalkovの録音があることを組織に明らかにしたとき、Balkoveは再度処分を受けた。

 

NBC Newsでは閲覧可能なISUの記録において、Senft氏のものは確認できなかったが当時のメディア報道では彼女のバイアスに対して処分があったと確認している。

 

Balkovは1年間の謹慎処分ののち2002年ソルトレイクシティオリンピックに審査を行う審査員として戻ってきた。

 

そしてソチで開催された2014年冬季オリンピックではソトニコワが優勝した大会の審査のローテーションに入っていたが、当時のISUの規則により得点を出す審査員は匿名だった。

 

ソチ直後、BalkovはISUによって資格を格下げをされ、平昌冬季オリンピックでの審査資格はなかった。しかし、彼は今も尚(マイナー)国際大会の審査を許可されている。

 

停止処分したWalter Toigoと2017年に国際大会で審査をして最近停止処分になった他の3人のジャッジに対しISUにコメントを求めたところ、「過去の記録を見て返事をする」と1月30日回答した。

 

具体的にToigoについて訊いたがISUはNBC Newsに対し、ISU懲戒委員会の決定を引き合いに出した。

 

ISUは処分をされたたジャッジが国際大会において審査再開を許可する理由についてコメントにすぐには回答をしなかった。

それはジャッジが、生涯審査ができないことはないことを示した。

 

気が滅入りました。

 

これとは別に、

Massimiliano AmbesiさんがそのToigo氏が2019年GPFでジャッジをし、羽生選手の得点の疑問を多くのファンからもらっていたことに対して「遺憾に感じ、謝罪をしたい」とTweetされていました。

https://twitter.com/max_ambesi/status/1288906018093699073

 


でも私(パンチョも)は信じます。

羽生選手は誰よりも強く、不正になど負けないと。

その証拠として羽生選手は多くのファンに支えられています。

(私たちファンも羽生選手に支えられています)

なぜ多くのファンがいるのか。

(なぜ私たちは彼に信頼をおいているのか)

それは、

彼の基礎力、技術力、そして人を魅了するエンターテイメント力、

そして人間力、全て備わっているからです。

 

勝つことが全てのアスリート。

厳しく、報われないと思うこともあると思います。

だから、私の自己満足ではなく、選手には納得のいく採点方法が必要です。絶対。

 

 

 

 

30

今日はパンチョの月命日です。

 

(2020年7月1日)
 

 

 

あの日から1ヶ月。

 

どんどん時間経つ毎に、

パンチョがいない毎日が

日常になってゆきます。

 

 

パンチョの本名は

 

パンチョ かずお 

ミドルネームがあります。

 

ある有名人から

名前をあやかりました。

 

(2020年7月5日)
 

 

パンチョが生きた日数は

 

6031

 

誕生日は

 

331

 

命日は

 

630

 

生き抜いた日数に

誕生日、命日の数字が

全部入っています。

 

(2020年7月10日)
 

 

すごいなぁパンチョ。

 

やっぱり、

なんか、

もってる猫。

 

(2020年7月19日)
 

 

何を思い出しても、

かわいくて、

うるさくて、

食いしん坊で、

変わり者で、

大きくて、

ふわふわで、

 

癒しです。

 

 

(2020年7月25日)
 

 

「パンチョ、大好きだよ」

「楽しく、お腹いっぱいにしてますか」

「痛いところはないですか」

「わたしのことちゃんと見えてますか」

 

やっぱり心配。

どこにいても、いつでも。

 

(2020年7月28日)