私が生きてきた中で、苦しさを感じていたこと。
それは、
いつも自分を後回しにしていたこと。
「いい娘らしく」勉強も運動も出来ないといけない。
「妻らしく」主人より先に起きてお弁当を作って、夜主人が帰ってくるまで待つ。
部屋はいつもきれいにして、転勤族の悲しさも寂しさも言ってはいけない…。
「お母さんらしく」子供達をきっちり教育もして、運動神経もあげて、しんどくても子供を最優先してあげないといけない。
他の人に預けては可哀想…一人でどんな時も頑張らないと…
私の頭の中には、いつも他人軸の「べき」があって、その「べき」を達成する為に、自分の事を後回しにしてきた。
家族の幸せが自分の幸せだと勘違いしてきた。
自分がやりたいことなんて出来ない、我慢を感じている毎日だった。
だって、周りのママ友も殆どそうでしょう?
たまに「べき」に縛られていない人に出会うと、
「え、なんで?!お母さんらしくない人!」
って、非難する。
本当は気づいていたと思う。
私も「べき」に縛られずに生きたいことを。
でも、そんなことは出来ないと始めから諦めて、一人苦しんでいた。
定期的に辛すぎて、主人が眠った後、お皿洗いをしながら泣いていた。
本当はいっぱいやりたい事があって、自分らしく生きたいと思っていた。
病気になって、いい意味で自分の枠が取っ払われた。
私は、医者の意見も聞かない。
自分を信じて、自分が感じる生き方をすると決めた。
誰になんと言われようと、誰も責任を取ってくれない。
自分の気持ちが納得することになら、自分はその先どうなっても全く後悔しない!と思えるようになった。
すると妙に心が温かくなり、生きることが楽になった。
自分が自分を認めた瞬間だった。
そして今。
自分がしたい事だけをするようになった。
やりたい事だけをしようと思うと、家事や子育てが手に負えなくなる。
今まで言ったことなかったけど、
「助けて!」
と、ようやく言えるようになった。
すると、子供達は理解して、手伝ってくれるようになった。
更には、
「自分の事だから当たり前!」
とも。
私は、「べき」にとらわれ過ぎて、周りを勝手に敵だと思っていた。
だから部屋を汚されると腹が立つし、予定を崩されるとイライラすることもよくあった。
だから、その言葉は私の中の「自分」を大切にしていいよと言われた気がした。
自分が自分のご機嫌をとる。
やりたいことをどんどんやってみた。
やりたくないことはしない。
すると、色んな出会いが広がり、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなくなった。
ニコニコ過ごせるようになり、子供達とお腹が痛くなるくらい大笑い出来るようになった。
明日の事がわくわくする。
そんな気持ちを持ったのは、大学生以来だった。
毎日こんな気持ちを持って生きるって、本当に楽しい!
「べき」にとらわれ過ぎて自分を不幸にするのはやめた。
自分がやりたいことをして、笑顔で生きていこう。
皆さんも「べき」を卒業して「自分を最優先」してくださいね。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
今日も素敵な一日を過ごされるように願っています。