自分が病気で倒れた時、
周りの人が助けてくれた。

富士サファリパークで倒れた時、
一度も会った事ない人が助けてくれた。
その人が私の倒れた時を見ていたので、
MRI検査が出来る病院へ行く様に救急隊に指示してくれたそうだ。
もしお会いしても分からない。
お礼を言いたくても連絡先も名前すら知らない。

ただ、一人で倒れた見知らぬ「私」を知る為に、
鞄の中の財布から運転免許証を見てくれた。
いつも入れている方向とは逆方向に入れてあった。
彼が必死で助けてくれた痕跡を初めて見た時、
心から感謝が溢れた。

二回目倒れた時は、子供達と三人で温泉に入っていた時だった。
私は浸からずに子供達だけを洗って、出ようと思っていた。
痺れが始まったから、焦って脱衣所へ行った。
せめて下着を着なければ…と焦り、
なんとかはいた所で倒れてしまった。
その倒れる様を見ていた方の「大丈夫ですか?」の声が、
優しくて…でも申し訳なくて。

目を覚ますと、ホテルの人が救急隊員の人が来る前に、
と、服を着せてくれている所でした。
倒れた時にいてくれた女性は、子供達の髪を乾かしてくれたり、
お世話を進んでしてくれていた。

三回目倒れた時は、小学校の授業参観の時だった。
倒れる瞬間に、
恥ずかしさと申し訳なさに目覚めるのが怖かった。

二回目の救急車での搬送。
(二回目倒れた時は、救急車に乗るのを拒否しました。)
救急車の音が、道行く人すらも押しのけて進む…。
私は一体何人に迷惑をかけ、
これからもかけ続けるんだろう…。
お金もかかり、
こんな自分はお荷物でしかないなぁ。

そう思った。

薬の副作用もあるが、起きていられない。
家事をする気力も体力もない。

毎日目が覚める意味を探していた時、
ある日、たまたま、インドの教えが目に入ってきた。
とても心に響いたのでシェアします。

日本では、「他人に迷惑をかけてはいけない」と教えている。
しかし、インドでは、
「人は迷惑をかける生き物なのだから他人のことも許してあげて」と教えている。

人は、生まれた時から一人では絶対に生きれない。
お互い持ちつ持たれつで生きている。

自分が生きている、それはとても意味がある事。
迷惑を掛けている、と思うなら、
他人だけでなく、自分に迷惑を掛けていると思うなら、

許しましょう。

またそれだけで救われる人が、自分がいるのだから。

ここまで読んでくれてありがとう♡
読んで下さった方が素敵な一日を過ごせる様、願っております♡