私は小さい頃から、日本の教育システムに疑問を持っていた。
一人一人違うのに、どうして型にはめられた教育を受けないといけないのか。
そんな事を考えている小学生だった。

中学生になって、ホームスティに行く機会に恵まれた。
一週間アメリカのサンフランシスコへ行った。
初めての海外、通じない言葉、食べ物も違い、
学校のシステム、人種も様々。
その中で、皆一人一人がとても個性的で輝いていた。
そしてそれをお互いが認めていたのだ。

こんな世界があるなんて、衝撃を受けた。
そして、お世話になったホストファミリーと上手く英語が話せなくて、
悔しかった。

この時、

私は絶対に高校で一年留学しよう

と、心に決めた。

高校生になり、なるべく親に負担をかけない為、
英語を頑張って勉強し、交換留学生として一年間ニュージーランドへ行ける事になった。
アメリカとは、雰囲気が全く違うニュージーランド。
それぞれの国の魅力に引き込まれた。

性格が角ばかりの私だったので、
最初のホストファミリーでは、とても苦労した。
若い夫婦の家だったのだが、私がいると常に不機嫌無言、
ご飯のお替りは禁止で手を伸ばすと怒られた。
お弁当も作ってくれると言っていたが、最初の一日だけだった。

朝は車で学校まで送ってくれる事になっていた。
初日学校に着くと、

「帰りは歩いて帰ってね。」

と、言われた。
地図もなく、道も教えて貰っていない、車でも15分かかる道のり。
学校に行くのも、その時が二回目だった。
必死で朝、車から見た風景を思い出しながら、歩いた。
途中で日本庭園があった。
椅子にそっと座った。

「自分が決めて、ここまでこれたんだから!」

と、自分を奮い立たせたが、涙が止まらなかった。
結局家に辿り着くまで、一時間半程かかった。
ホストマザーは既に帰宅していたが、迎えには絶対に来てくれなかった。
その日から毎日一時間かけて帰宅した。

これが普通ではないとは、思ったが、それ以上どうする事も出来なかった。
洗濯や家事も全て自分でしなければなかったので、
母がどんなに大変なのかが分かった。
謝罪の手紙を書いた。

日に日に疎外されるので、コーディネーターと話し合う事になった。
彼女は英語しか話せないので、必死に英語を勉強した。
コーディネーターが来ると、ホストファミリーは私の悪口ばかりを彼女に伝えた。
私は聞くだけで、辛くて苦しくて、ずっと泣いていた。
誰も私の味方はいなかった。

しかしそんな私の様子を日本人スタッフの人が気付き、
電話をしてくれた。
「明るい春ちゃんがそんなに泣いている時点で、おかしいんだよ。
私が替えてあげるから、後ちょっとだけ待っててね。」

彼女のお陰で、ホストファミリーを替える事になった。

続く。


ここまで読んでくれてありがとう♡
読んで下さった方が素敵な一日を過ごせる様願っております♡
 

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