「Emancipation」収録、「Curious Child」。
この歌は、一聴した時から、
「プリンス自身の内面世界について説明しているのでは?」
と、なんとなく思っていた。
あらためて聴いてみても、
冒頭の歌詞の、
「娼婦とファンタジー」
と
「好奇心いっぱいの子供」
が彼を表しているような気がする。
「娼婦とファンタジー」は、彼のそれまでの作品群に触れていたら
なんとなく彼の作品を構成する主な要素二つであると気づくだろう。
プリンスは、皆さんご周知の通り、
デビュー当時から「変態系ミュージシャン」として売り出していた。
それはアルバム「Prince」、「Dirty Mind」あたりから露骨になり始め、
そのキャラで定着していった感がある。
世界の目を自分に向けさせ、多くの人に自分の音楽を聴いてもらうための工夫として
あえて狙いのひとつとしてやっていたのだろう。
そして、その変態的キャラの部分と重複する点もあるかもしれないが、
「エロ」をあえて前面に押し出していたという点も、無視はできない。
肌を多く露出するチラリズム的演出、
それどころか脱ぎだして半裸になる時もある。
そして、卑猥な歌詞。
代表的なものではアルバム「Purple Rain」収録の「Darlin Nikki」という曲が
あまりに露骨で卑猥な歌詞であるということで”御触書”された、
というのが有名だろう。
さらに、彼はデビュー当時からファルセットを用いた高音を特徴とした
ボーカルスタイルを主に貫いてきた。
それを裏付けるかのように同じく最初期から”オカマ(ニューハーフ)”のような
女性性を強く前に出した、中性的なキャラを自ら演じて(?)来た。
このように、彼自身の「変態性」と「エロチック」、そして「女性性」をまとめて
彼は「娼婦」と言い表したのだろう。
次に、「ファンタジー」という語だが、これはぼんやりとしていて
捉えにくいものではある。
推測や想像も多分に入るが、
他のアーティストと比較して
とりわけ彼の武器となりうるものの一つに、
”豊かな想像力”
があったのではないかと思う。
それが、彼の尋常ではない、尽きぬ創造力に繋がり、
音楽面での人間離れした創作意欲へと昇華したと考えられる。
彼自身、想像の世界、つまりファンタジーの世界を好んでいたのかもしれない。
そのような彼の「創造世界」を表したものが
「ファンタジー」なのだろう。

