しあわせベクトルは自分でつくろう -7ページ目

しあわせベクトルは自分でつくろう

イラストやウェブサイトの企画や制作を主な業務としている、小さな小さなデザインスタジオのあるじ、歌菜のブログです。

嵐の中をあるく
傘はさっき壊れてしまった
土に穴を開けながらはじける雨粒
折れることを喜ぶように必死に幹をうねらせる木
闇の中でじっとひそんでいる鳥は
私を見ている

真っ黒い空に青白い輪郭が浮かびあがる
すがるように私はそっと手をのばしたけれど
まるでとがめるように
雨は矢のように落ちてくる

腕は赤く腫れ
足は泥だらけ
忍耐強く開かれていた目も
閉じるしかなかった

雨は降り続ける
頭にも肩にもつま先にも
すべてに

私は上を向く
この雨はどこから落ちてくるのだろうと

そんなことより
私はただ温まりたかったことを思い出す
まだ雨は私の上に降る
今度は湯気を立ててやさしく降り注ぐ

地平線に虹がかかる
さっきまでの嵐はのんきな天気雨に変わっていった
あちらの方は明るく見える
こちらももうすぐ雨はやむだろう
私は弾むように足をあげた
昨年、ふと思い立ち聖闘士星矢の単行本を読破した。
そのせいか夢にギリシャの神々がよく出てくるようになり、気になってギリシャ周辺の神々のことを調べていた。

多くの文献を読むほどにたくさんの疑問がつみかさなっていった。
神様には原型となった実在の人物がいたり、純粋に豊穣を願って作られた存在もいたし。
また一人の神様が派生して別の神様になったりしていることもあった。
それに宗教的、文化的な背景をもつ神様もいる・・・。
「結局、神様ってなんなんだーっ」
と、随分うなっていた。

あれから時間が経ったが、やはり神と呼ばれる存在についてはよくわからない。
調べても永遠に分かりそうにないような気持ちになってきた。

こういうとき安易にチャネリングに頼りたくないな・・・と思いながら、ぼんやり考えごとをしていると、どこからか声がきこえてきた。

その声は地球上で神と呼ばれる存在は惑星のアバターなんだと言っていた。
他には人間が作り上げた寓話の中の存在としての神もいると言っていた。

つまるところ、よくわからない。
神という超越した知性の存在が本当にいたかもしれない。
いなかったとしても物語に込められた思いや意味は力を秘めているのかもしれない。
今日までその存在が語り続けられているのには何か意味があるからなんだろうけど、私自身、神様に会ったことがないのだから、真実など分かるはずもない。

結局・・・自分が信じたいように信じればいいだけの話なのだ。
神様がいると信じてもいいし、いないと信じてもいい。
神の加護を信じてもいいし、無慈悲を信じてもいい。
困ったことに、信じるように世界は構築されてしまう。

もし、信じたことが間違っていた場合、信念を正したり、破壊する必要があるなら、そのときにぶっ壊れ、新たな真実が現れるだけだ。
と、思う。

ちなみに聖闘士星矢では老師こと天秤座の童虎が好きです(笑)。