昨晩の私。

女友達とワインを空けながら、デトックス。体内に蓄積された毒素を体外に出して健康になったわ~

好き放題意見して、大爆笑して、真面目に語って、ね。


その中で出てきた話題のひとつ。

年を重ねていくうちに、背負ってきたものや考え方って顔にでてくるよねって。笑い皺は増えても、眉間の皺は深めたくない。

上品さと深み、人を愛して愛されて、いつだって前向きで強さをもった、そんなおばあちゃんになりたいなって。


今の仕事場のお客さんの1人で、とってもキュートなおばあちゃんがいて。今日「南極に行ってきたのぉ~」って言って見せられた写真は、東京でやってる南極展2006 での合成写真。

一応ポンチョとか着ちゃってるんだけど、満面の笑み。

かなり可愛い・・・


いつもニコニコしていて、いろんなことに躊躇せずにトライする。

きっと誰からも愛されるおばあちゃん。

なかなか手ごわい憧れかも。

ここ数年ずーっと、欲しいものの1つがペルシア絨毯。


以前はペルシア絨毯って、私の中ではバブリーなイメージでがつきまとうものだったんだけど(→もちろん使い方によっては今もそう思うけど)、NYで映画や雑誌、ショップやファッションピープル(笑)の生活を垣間見たりすると、ポイントになって出てきてすごくカッコいい!


ヴィンテージシックなシーンに必ずでてくるような、レザーのソファに年代を感じさせるテーブル。

そこに敷かれるべきは、やっぱペルシア絨毯でしょ~。(→勝手な空想・・・)

それで大きな緑を置いて、小さく暗めのシャンデリアとカモフラのフロアランプ。シーレの絵とか置いちゃって。濃い?


とはいえ、お高いものですからねぇ・・・

こないだパキスタン絨毯がセールしてたので、これなら買えそうって思って見てたんだけど、柄がイマイチ。


自分の部屋は自分のお城。時間をかけてもいつも気にかけて、大好きな空間にしたいな。



nihon chinbotsu 世の酷評は理解済みで、話題作チェックしてきましたー。

確かに、アルマゲドンかディープインパクトかインディペンデンスデイか・・・ってハリウッドのパクリちっくな雰囲気。そして何だか、設定や脚本に無理がありすぎて、突っ込みたいところが満載でした。


交通機関麻痺のはずが、どこにでも現れる草薙くんとか。

救出した女の子といきなり家族のようになってたり。

ヘリに乗り込む草薙くんの居場所をすぐに見つける柴咲コウとか。

緊急事態なのに、いつも違うスーツでバッチリ厚化粧で美しい格好をしている大地真央とか、笑。


CGはすごいよ。爆発とか津波とか。

(半分沈んだ奈良の大仏には、うけたけど・・・笑)


何かさー、設定はとっても興味をひくものだけに、もうちょっとシリアス感のある脚本にして欲しかったなって思うかな。

こういう題材を扱うのって、とっても難しいのはわかる。

中途半端になっちゃいけないものだから。馬鹿にしてるのかーってなりがちでしょ!?

だからこそ、チープな恋愛とか入れちゃわずに、もっと重く、ね。

映画だから、ある程度「んなわけないやん」ってのは仕方ないけど、そういう突っ込みどころがあまりにも多いよね。


でもね、1つ、映画の仕上がりとは別に、もし本当に1年以内に日本が沈没するのなら、どうするだろなーってことは、考えた。

もちろん生きたい。生き延びたいけど、必死になって、他人を踏み倒してまでも海外脱出しようとは思わないだろな。

死を待つ・・・って言葉はしっくりこないけど、自分だけが生きようとは思わないかな。きっと。


devil the job that "a million girls would die for"...


「何百万という若い女性の憧れの仕事」である、ファッション誌《ランウェイ》に採用されたアンドレアの奮闘ぶりを描いたベストセラーが映画化。

ファッション業界の暴露やゴシップありで、話題になった本だったのよね。


実はこの本、私が洋書で唯一(笑)、楽しんで読破できたもの。

そんなに売れてる本だったとは知らず、83丁目のBarnes & Nobleで、タイトルと表紙にひかれて買ってみたのを覚えてます・・・


マンハッタンの街、最先端のファッション、業界の裏話。本を読んでミランダを想像するのも、とっても楽しかった。


強烈な鬼上司ミランダ役が、メリル・ストリープってまたはまりすぎ!

日本では秋ごろ公開みたい。早く観たい!!!





                                                 

前回のblogに友達がコメントしたことに関連して。

最近ほんとに思うこと、「身丈に合う」ということのクールさ。


ブランド物で身を固めた高校生。ファッションセンスのかけらもないのに、とりあえず海外セールでマノロやルブタンを買い漁ること。

三ツ星レストランでの“べからず”装いや振る舞い。

似合ってもないのに「流行だから」と身にまとう洋服。


もちろん、結構です・・・お好きなように。

だけど私は、少なくともそれがカッコイイことだと思わない。

中身が伴ってこそ、自分らしく仕上がってこそ、そこに初めてクールさがでると思う。


最近読んだエッセーの中に、とても印象に残るパートがあった。

筆者が20代前半の頃、男性のお誘いを受けて行った海外旅行先での話。足を踏み入れたこともない高級ホテルに泊まり、豪華な朝食に浮かれモード。ふと他のお客様に目をやって、はっとした。


着心地のよさそうな白シャツの袖を無造作にまくりあげ、New York Timesを広げてパパイヤを口に運ぶ30代半ばらしい女性、きちんと背筋を伸ばしてトーストをかじりながら、仕事の書類に目をやる麻のスーツの中年男性。オレンジジュースで目をさます、滞在をゆっくり楽しむ旅慣れたリラックスカップル。


そう。そこに居たお客様たちはごく自然にふるまいながら、高級ホテルにふさわしい品格と、それなりに重ねてきた人生経験の深みを感じさせていた。


筆者曰く、それを感じた瞬間、自分には似合わない世界がそこにあると悟った。

タダで行けるからといって、お金が払えるからといって、簡単に踏み入れてはいけない世界があることを知ったと。それでそれを機会に、こういうホテルでさりげなく自然にふるまえるような、素敵な大人の女性になりたいと思ったんだって。


妙に納得したの。

ただいい思いや美味しい思いをしたいわけではなくて、そこに見合うということが楽しさのベースになるから。その雰囲気に自分が入ることによって、景色の1つになることに、素敵さを感じるから。


「ドレスコード」なんて面倒だとか、お金払ってるんだからいーじゃん、じゃなくって、それを楽しみたい。


テレビで上沼恵美子が、5番街のブルガリに短パン&Tシャツ&ビーサンみたいな格好で入ったら、店員に白い目で見られたので、むかついたから時計買ったった~って言ってたけど、そーいうの、かなりヤダ。だって、どうせそんな高級品買うなら、素敵な格好してマダムの振る舞いで買いたくない!?


日々自分をステップアップして、世の中のいろんな素敵なことが、自然に見合う女性になりたいな。



magli

世の中美しいシューズに溢れる今日この頃。

ルブタン?もちろん。マノロ?王道です。ジミーチュウ?素敵。レネ?宝石みたい!


だけど私は、マリがいちばん大好き。あなたに会ったその日から・・・ウフ。

ちょっとコンサバでクラシカル、それに何と言っても、いくらヒールが高くても素足で履いても(パンプスも!)、全然痛くない素晴らしく柔らかいレザー。


もちろん、靴はマリしか履かないの、なんて言える財力はございません。だからセールは必須!

今期はカタログ掲載にもなってた、復刻版のシューズ(パンプスバージョン)をゲット。

数足まとめて買いたいくらいだったけど、我慢我慢。

これから増やしていくからねーっ。


世の出生率は落ちてるっていうのに、周りは空前のベビーブーム。

今日久しぶりに会った仲良し同期組もそう。


皆が結婚して家庭に入って、ママになっていくのを見るたび、

私はこれでいーのかな?道間違えてないよね?

って、正直思っちゃう。

もちろん、決められた道なんかどこにもなくって、、

人それぞれのペースや選択があることは理解してる。

理解してるけど、だからといってマイウェイを突っ走るほど

無神経な人間ではない。


特に赤ちゃん連れ&妊婦に囲まれて、シングル1人になると、

自分が普段送っている生活や、向かっている道、考えていること、

生活リズムやモチベーションに至るまで、すべてがunlikelyに見えてくる。


結婚して専業主婦になりたい?子供欲しい?

答えはNO。だからわけがわからない。

「ああなりたい」と羨んでいるわけではないのは分かってるくせに、

何故か自分の姿に、これでいいの?って問いかける。


だけど、今日何となくその答えが分かったの。

今の自分が理想の自分からかけ離れてるからだって。

「このワタシ」っていうものさえあれば、誰のどんな姿を見ても

動じることなんてないはず。

そんなに強くいられるのかどうかも疑問だけど、

とりあえずそう思っておくことにしよっと。

原稿料の発生しないアーティクルはねぇ・・・

なんてウソ、笑。

たださぼってただけです。(6月なんて1回しか書いてないね。)

止めようかと思ってたけど、続けて~って言ってくれてる人がいるので、またちょくちょく書くようにするね。

密かな読者さま達。コメントウエルカムやからねー。

ashitanokioku

お久しぶりブログは映画ネタ。

「明日の記憶」観に行ってきました。

私はあんまり泣かない人。

情がないとか言うわけじゃないよ、ちゃんと感動したりするけど、涙に発展しにくいということだけ。

(この1年は10年分くらい涙流したかも・・だけど、笑)

でも、この映画はずーっとずーっとウルウルしっぱなしで、涙もポロポロと出てきたわけです。


初期段階の「佐伯」が平然を装おうとするところ、部下や取引先の前で凛とした態度で接するところ、自分がどれだけキツイ状況にいようとも、転げ落ちない強さ。それゆえに、とっても悲しい。

病と向かい合おうと決めたときの妻との会話。

そして、進行する病の中で時折正気に戻る時の姿、

妻に辛い思いをさせていると、苦しみくずれるところ。

あげればきりがないほどに、人間らしくて悲しい場面ばかり。


渡辺謙は荻原浩の原作を読み、映画化したいと直々に手紙を書いたという。それだけに力の入ったプロデュース&演技だって評価されてたけど、本当に。中に入り込んで、佐伯なんだか渡辺謙なんだかって感じ。


本当にアルツハイマーに苦しむ人、その周りの人達は、

映画や本に描かれる“美しき”ものではないだろう。

家族の愛だなんだと美談で語られるような、そんなものではなく、

戦いそのものだと思う。

何が起こるか選ぶことなんてできない。

だけど何が起こっても、妻こそが夫こそがお互いの一番近いところに居あって、埋めあって、手を差し伸べあう。

まさしく、「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」との言葉通り。

夫婦とは、これに「誓います」って応える責任の重さを感じ、お互いのことを支えあうべき存在だと思うわけです。


なーんてことまで発展して考えさせられた映画。

是非お勧めです。


「北朝鮮でテポドン2号の発射の兆候がある・・・」

今朝ニュースを見たときに、考えたこと。

とっても単純で子供染みているのだけれど、

もし近い将来、日本が(もしくは世界が)滅びてしまうのならば

今私は何をするべきなんだろう?って。


子供染みた空想だってことは、前述済み且つ承知の上。

だけど、そう思った時にね、今過ぎていった一秒さえも

とても尊いものに思えたの。

昔、ノストラダムスの予言で世界が滅びる、ってのあったよね。

あの時も同じことを考えていた。

進歩がないのか、単純なのか、笑。


当時、TVでノストラダムスの特番をみた私は、

「もし明日、この命が終わってしまうのなら何をするべき?」

って一晩考えた。

その結論は・・・

別れたことを後悔した唯一の彼にもう一度会うこと!

バカバカしいなんて思わないで。

当時の私は真剣だったんだから、笑。


で。彼に連絡をして、必死に伝えたの。

赫々然々、ノストラダムスが云々・・・

彼は「?」が飛んでたけれど、再会を果たして無事に復活。

懐かしい思い出です。


今の私は、どうだろ?

早急に何かするというよりは、過ぎていく一分一秒を

実りあるものにしようって、そんな風に思うかな。

メンドクサイってのを排除して、ね。