ユリちゃんは3つ下の幼なじみだった。
僕はユリちゃんが大好きで、あの子が笑うと
すごくすごく嬉しくなった。
ユリちゃんを笑わせようとして、僕は
おバカな事もいっぱいやった。
そんな僕を見て、ユリちゃんはいつも楽しそうだった。
ある時ユリちゃんは「結婚式の前撮り」を
しに来た花嫁さんを見て、うっとりと
つぶやいた。
「いいなぁ。ユリもあんなの着て
お嫁さんになりたいなぁ。
お花に埋もれて2人で写真を撮って
もらうの」
「ふ…2人って?」
うふふ♪と、ユリちゃんは笑った。
僕以外の誰かがユリちゃんと並んで
いるなんて絶対に嫌だと思った。
「ゆう君、変な顔!ほっぺがプーって
なってるよ」
ユリちゃんは笑って駆け出した。
「な、なんだよ!待てよ」
僕たちは追いかけっこをして、
笑いながらジャレあった。
桜、菜の花、スミレにレンゲ
爛漫の花と光の中、僕たちは幸せだった。
こんな時間が永遠に続いて、僕たちは
一緒に大きくなるんだと信じて疑わなかった。
だけどある時、ユリちゃんは家族で海外に
引っ越すことになった。
お父さんの仕事の都合だって聞いた。
ユリちゃんは行きたくないって泣いた。
僕はショックで何も言えなかった。
「2年だよ。2年したら帰って来れるから」
お父さんは困ったようになだめるように
そう言った。
それでもユリちゃんは泣き止まなかった。
「ユリちゃん、僕、手紙を書くよ。
毎日だって書くよ。
休みの日にはオンライン通信だって
出来るし。
もし2年経っても帰って来れなかったら、
僕が会いに行くよ」
「本当?」
「約束するよ」
「じゃあ、ユリがずーっと帰って来れ
なかったら?」
「迎えに行くよ。僕が大人になったら」
「本当の本当?」
「本当!」
「約束?」
「約束!」
ユリちゃんは自分の小指を僕の小指に
きつく絡ませて、ゲンマンをして、泣き
ながら笑った。
それはもう、遠い春の日の話。
僕だけが1人、こんな遠くまで来て
しまった。
あれからすぐ、ユリちゃん一家は
遠い北の国に引っ越して行った。
僕は約束通り、せっせとメールや
手紙を書いた。
母さんに教わりながら、オンライン
通話も出来るようになった。
画面の向こうのユリちゃんは元気そう
だった。
「言葉も少しわかるようになったのよ」
と、得意そうに笑っていた。
なのに。
ある時何の前触れもなく、北の国の
隣国が北の国を攻撃した。
たくさんのミサイルが飛んできて、
ユリちゃんの住む街を破壊した。
大勢の兵士がやって来て、銃を
乱射したり爆弾を爆発させた。
理不尽な死が北の国を蓋い、
敵も味方もなくたくさんの…本当に
たくさんの人が命を失った。
ユリちゃんもまた、その中の1人に
なってしまった。
あの子はもう、2度とここには帰って
来ないのだ。
「もし2年経っても帰って来れなかったら
僕が会いに行くよ」
「本当?」
「約束する」
だけど本人がどこにもいないのに、
どこに会いに行けばいいのか。
僕は苦しくて哀しくて耐えられず、
ユリちゃんの思い出を封印した。
そして表面上は何事もなかったように
装いながら日々をやりすごして行った
のだ。
心の時間はあの時から動いて
いないような気がするのに、
僕は大人と言われる年齢になった。
大人になるってことは、少しずつ
荷物を増やしながら、長い長い道を
歩いて行くことに似ている。
肩に食い込む重みに耐え足の痛みに
泣いても、戻ることも止まることも
許されない。
北の国と隣国の戦争は世界に
大きな衝撃を与え、この国にも
大きな波が来た。
経済は混乱し、父の経営する
会社も、就職したばかりの僕の
会社も倒産してしまった。
心労で倒れた父と、その看病に
追われる母を支えるため、僕は
日も夜もなく働いた。
夢とかやりがいとか喜びとか、
もはやそんなものはどこにもなく
ただ食べるため、父の借金を返す
ために働き続けた。
夜だ。世界は真っ黒な夜だ。
もう光は射すこともない。
そう思った。
その日森に行ったのは、大した
理由があったわけじゃない。
バイトとバイトの隙間時間に、
少し深呼吸したかっただけだ。
子供の頃遊んだ懐かしい森。
木漏れ日が森の道に不思議な
陰影を作る。
あの頃、僕たちは子猫の様に、
ゆらゆらと揺れる影を追いかけ
はしゃぎ、笑い合った。
僕たち…?
心の奥の封印がはじけ飛んだ
気がした。
木立の向こう、光に透ける様に
ユリちゃんは立っていた。
懐かしそうに笑っていた。
ぷっくりとした薔薇色の頬、
柔らかそうな長い髪、白い
レースのワンピース。
あの頃と何も変わらずに。
「ゆう君、私、帰って来たよ。
ゆう君に会いに来たんだよ」
「ユリちゃん…?本当にユリ
ちゃん?…どうして…?」
絞り出すように僕は言った。
「だって約束したのにゆう君
ちっとも来てくれないんだもの。
大人になったら迎えに来てくれ
るって言ったのに」
ユリちゃんはプッとほっぺたを
膨らませた。
「うん。そうだよね。そうだった…。
迎えに行けなくてごめんよ」
「いいよ、こうして会えたから。
ユリね、ずっとゆう君の呼ぶ声、
聞こえてたよ」
「呼ぶ声?僕の?」
「寂しい、哀しい、辛い、
寂しいって。
それでユリ、とっても心配
だったの」
「そんな…」
「だからね、ちょっとだけゆう君の
所に行かせてくださいって神様に
一生懸命お願いしたんだ。
そしたら神様がね、本当はダメなん
だけど、それならゆう君に伝えてって。
そして、ゆう君がみんなに伝えてって」
「伝えて…?何を?」
「『光は射す』って」
「え?」
「永遠の夜はないんだよ。
必ず朝は来るの。諦めなければ」
「必ず…?」
「ユリね、ゆう君と一緒に大人に
なれなくて哀しかった。
パパやママと離れ離れになって
淋しかった。
でもね、光は射したよ。
こうやって帰って来れて、ゆう君に
会えたもの」
そう言ってユリちゃんは幸せそうに
笑った。
僕は色々な感情がごちゃ混ぜに
なって、何も言えず、バカみたいに
ただ突っ立っていた。
「神様の伝言、必ずみんなに
伝えてね」
想いは溢れて言葉にならず、
代わりに強く僕はうなずいた。
ユリちゃんは輝くような笑顔を
見せ、僕に飛びついて、こう
言った。
「ゆう君、大好き!」
僕の腕の中で、ユリちゃんの
姿はだんだん透き通って行き、
光の粒子になって森に溶けて行った。
「僕も大好きだよ。忘れない」
僕は光の粒子が消えた方に
向かってそう呟いた。
忘れなければ、想い続ければ、
いつかまた必ず会えると思った。
少し前まで僕をがんじがらめに
していた絶望という闇はいつの
間にか消え去っていた。
そうだ。僕にも光は射したのだ。
それから僕は、ユリちゃんから
預かった「神様の伝言」を、どう
やってみんなに伝えようか、
真剣に考え始めていた。
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