「アキラさ~ん、俺またフラれちゃいましたよー。」
田園都市線あざみの駅から程近いガソリンスタンドのバイトを終え、迎えに来てくれた郷里の先輩アキラのクルマに乗り込みながら、開口一番ヤスジは嘆いた。
「フラれたって、お前この前彼女ができたって嬉しそうにしてたばっかりじゃないか?」
アキラはニコニコしながらも呆れ顔で訊ねる。
「4ヶ月っす・・・。」
大学のサークルの2コ下の後輩と付き合い始めたのが去年の秋。3年生の幹部役を後輩に任せ、肩の荷が下りたタイミングで以前からかわいいな、と目をつけていた子に付き合ってと告白し、OKをもらって何度かデートとも言えないデートをしただけの交際。
『あなたが好きって言ってくれるほど、私はあなたを好きってどうしても思えないの。』
高校生のころから、もう何度この台詞をいろんな女の子から聞いただろう、ヤスジはうんざりとそのときのことを思い出した。
「早いなぁ、お前。それじゃキスもしてないんじゃないか?それぐらいはしたか?」
「いえ、手をつなぐのがやっとでした・・・。」
「うひゃひゃ(笑)。クマ、お前可笑しすぎる♪」
ヤスジが19、アキラが22のときに出会ったころが真冬の寒い時期で、ヤスジが厚手のセーターにオーバーオールのデニムという格好ばかりだったために『お前、クマみたいだな』とアキラが勝手につけたあだ名をアキラはずっとヤスジを呼ぶときに使う。ヤスジを熊と呼ぶのはアキラだけだ。
「女なんてよ、グイグイ引っ張っていかなきゃ駄目なんだよ。お前優しすぎ。いくら優しくしたってな、離れていく女を止める手立てにゃなんないんだよ。もうちょっと強気で強引なとこがないとな。」
「それから、お前どんな女にも優しいだろ?っつーか、男にも優しいところがあるもんな。女は自分だけに優しい男が好きなのよ。皆に優しい男は女を不安にさせる。覚えとけ。」
246を都内に向って走るオンボロのマークⅡワゴンのハンドルを片手でつかみ、片手でハイライトに火をつけながらアキラは説教口調でヤスジに話しかける。カーラジオからはオフコースの”さよなら”が澄んだ男性ボーカルの声を投げかけている。
「そんなこと言われたって、俺アキラさんみたいにモテことないですもん。分かんないですよ。しかも半年以上女の子と続いたことないんですもん。」
「ま、お前も追々分かるようになるさ。女なんて世の中にゃ何人も転がってるさ。いちいち離れて行った女のことなんて気にかけてるなよ。いっつも言ってるように男は仕事だ。仕事第一。女は二番目三番目。そう思ってりゃ、そのうちモテるようになるぞ。」
「はい・・・。」
なんかこの曲聴いてると泣けてきそうだな、ヤスジはそんなことを考えながら生返事を返す。
”男は仕事!”という台詞はアキラの口癖みたいなものだ。実際にアキラは良く働く。趣味は仕事です、とでもいうように元気に働き、働いていると機嫌がいい。機嫌が悪くて怒った時はすこぶる怖い人なのだけれど。仕事をしているときのアキラは厳しいながらもニコニコした顔を崩さない。
「おぅ、そういえば明日は溝の口は休みだ。クマ、お前明日は電車であざみ野な。俺は明日はヒロコとゆっくりさせてもらう。」
「ヒロコさん、学大来るんすか?」
「おぅ、今夜から来るぞ。」
「じゃぁ、俺友達んとこでも行きますね。」
「馬鹿言え。アイツ、お前の分の飯も用意して来るんだぞ。無駄にさせる気か?」
「でも、せっかく二人になるときに俺がいたら邪魔じゃないっすか。」
「バーカ、俺らあんまり二人きりが好きじゃないって知ってるだろ(笑)?クマがいた方がいいんだよ。」
ヒロコさんはヤスジより2歳年上でアキラと同様、郷里の高校の先輩にあたる。初めてヒロコを見た時ヤスジはあまりの美しさに目が釘付けになった。聞いた話によると表参道や渋谷の街を歩くたびにスカウトが寄ってくるらしい。その話が全然作り話に思えないほどトビキリきれいな人だ。顔の造りは派手だしファッションセンスも素敵だけれど、品が良くて大声を上げて笑うなんてことはないし、いつも控えめで家事も全部こなす。ヤスジやそのほかのアキラの仲間たちの下品なグループに混じって、そこにいるのが不思議に思えるような女性。ヒロコと会うとき、ヤスジはどうしても”高価な壊れモノ”を扱うように接してしまう。そうしなければいけないような何かを感じる女性。
なのにアキラは
「おぅクマ、今夜ヒロコと一発やるからお前クローゼットの中に潜んで覗いてみろ。」
とか
「風呂上りのヒロコとぶつかるように浴室に入れ。」
などと変態丸出しなふっかけをすることがある。ヤスジにはその感覚がどうしても理解できない。もちろん、そんなお誘いに乗るなんてことは絶対にしない。
そもそもアキラとヤスジが出会ったのは、郷里の高校の先輩後輩というだけでなく、アキラの妹とヤスジが同級生だったという縁が元になっている。高校時代にはまったくと言ってよいくらい縁のない関係だった訳だ。横浜にある女子大の寮に入っている妹の方との交流がまだあった頃、バイトでも探すかな、と思っていたところに「ウチのお兄ちゃんに相談してみれば」と紹介されたのが初めての出会いだった。
郷里でも有名な老舗の呉服屋の跡取りでもあるアキラは、その頃京王線の桜上水に古いけど広い部屋を借りていて、後輩を何人か集めて『梁山泊』と称した軍団を作っていた。大学の長い休みの時期になるとそのメンバーが皆アキラの部屋に泊まりこみで集まり、アキラが軍団ごと雇ってくれるバイトをどこからともなく見つけてきて集団で仕事に出かける。そんな学生仕事師集団合宿みたいな仲間。ヤスジがその仲間に入ってから2年以上が経つ。
「さぁ、家についたらクマ、お前ヒロコが来る前に風呂に入るかシャワー浴びるかしとけよ。アイツ、そういうところはうるさいからな。」
東横線の学芸大学駅から目黒通りに向う商店街を抜けた静かなところにあるマンションが、現在の梁山泊。とはいえ、他の仲間は皆就職してしまい、残っているのはまだ大学生のヤスジだけだ。アキラとヤスジの二人だけの梁山泊。
早朝5時、アキラとヤスジの二人は川崎の溝の口にある市場の、アキラが半分店長を務めているような乾物の店で一緒に働き、朝7時にヤスジは先にそこを上がった後、田園都市線であざみ野のガソリンスタンドまで出かける。両方のバイト代を合わせると短めの春休みと言っても結構な収入になる。サークルの合宿に参加する費用と予定している引越し代は出せそうだ。
アキラは今年の夏には郷里に戻って家業に就く予定。来年の春には就職している梁山泊の仲間を集めて家業を大きく生まれ変わらせる野望を持っている。これまでの梁山泊の活動は、そのための下地みたいなものだとアキラは考えているし、ヤスジも面倒な就職活動をせずに、郷里に帰って素敵な仕事人軍団とまた一緒に仕事をすることを漠然と期待していた。
そんな風変わりでバイト三昧な春休み、サークルの合宿は楽しみでもあったが、フラれ男の哀愁を伴うことを予想するとちょっぴり憂鬱にもなる。
引越しは郷里から妹が短大進学のために上京するので仕方なく、という面もあったが、今の自分で借りている狭い安アパートから脱出できると思えば結構ワクワク感がある。
ヒロコさんの手料理をご馳走になった後、ヤスジは
(梁山泊も来年の卒業まではもうないんだな・・・。卒業したら、社会人としての苦労もあるだろうから、こんな風に楽しくやれるかな?)
などと感がえながら、まだ肌寒い春の都内でリビングに敷いた布団の中にもぐりこんでいった。