昔、私は
今よりずっといい奥さんだった。
昔って言うほどでもない。
振り返ればたった数年前の事だ。
朝は誰よりも早起きして
毎日欠かさず、お弁当を作った。
冷凍食品はなるべく使わないように
休みの日にお弁当用のおかずを作り置きして
冬には温かいスープも用意した。
もちろん飽きないように工夫しながら。
朝ごはんはワンプレートにして
見た目にもこだわった。
夫の起きる時間に合わせて準備しながら
同時に3人の子供たちにも朝食を食べさせた。
掃除機は毎日欠かさずに掛けて
洗濯物も綺麗に畳んでタンスに閉まった。
晴れた日には必ず布団を干した。
仕事はしていたけど
家事と育児に手を抜くことは
自分が、許せなかった。
体調を崩しても寝込む暇なんて無くて
熱があっても平気で笑えた。
お昼寝どころか、家事が全部終わるまで
横になることすらできなかった。
いつも時間に追われながら
やることに追われて
忙しくて忙しく忙しくて....
だけど「お母さん」って
そんなもんだと思ってた。
家族の残り物を食べるのが当たり前で
お母さんは贅沢なんかしちゃいけない
家事は全部お母さんの役目
仕事の後にスーパーをハシゴして
あれもこれも同時に片付けながら
夫が帰って来る前に夕飯の支度を済ませる
あったかいお風呂と
出来立てのごはんを用意して
笑顔で、お疲れ様!って言う
子供たちが寝たあとに家計簿をつけて
明日の準備は今日のうちに終わらせて
子供のことも掃除も洗濯も料理も
全部出来るのが当たり前だと思ってた。
優しくて、余裕があって、笑顔が素敵な
そんな奥さんに憧れてたし
そんなお母さんを目指してた。
そんな奥さんが愛されて
そんなお母さんが必要とされるんだと思ってた。
今思うと、私ほんっとによく頑張ってた。
7年間も本当にようやったと思う。
その間、
子供3人、年子で出産して
仕事を掛け持ちしてみたりもした
どこまでも厳しくストイックに
自分を追い込んだ
完璧になりたかったワケじゃないよ、
そうじゃなきゃダメだと思ってた。
ダラけたら、怠けたら、サボったら、
存在価値なんて無くなると思ってた。
そんな私じゃ
ここにいられないと思ってた。
一旦ちゃんとぶっ壊されて
ちゃんとダメになったお陰で
今があるようなもんだよ。
私はあんな強制終了でもなきゃ
止まれなったと思う。
神様の荒治療だったのかもしれない。
今の私は、
あの頃ほどいい奥さんじゃない。
朝は苦手だし
お弁当なんて作る気もない
朝ごはんは自分の食べたいものを
たまにヒロさんにもついでに作るくらい
子供たちは自分で勝手に用意して
私が起きる前に食べ終わってる
洗濯物は溜まってるし
掃除機は気が向いた時に。布団も同じく...
でも皿洗いはする!なんか好きw
毎日ヒロさんにコーヒーを入れてもらって
自分の為に買ったご褒美のおやつを食べる。
お昼寝しなきゃ体力持たないし
疲れたら可愛くなくなるから無理はしない。
(我慢もブスの素らしいよ。)
お金の管理はヒロさんに全て任せて
苦手なことはやらなくていいことにした。
私がちゃんと確認しないから
子供たちはよく忘れ物をする。
だけどまぁ、それも経験の一つだと思ってる。
ヒロさんのお世話はしない。
頼まれたことはやるけど、って感じ。
ヒロさんは何でも出来る人だから
別に困ってない。
あの頃に比べると
今の私はうんと自由で、お気楽で、
ご機嫌だと思う。
何かを目指したり誰かと比べたり
そーゆうのもいつの間にか無くなった。
楽チンでゆるゆるでフニャフニャだ。
ただね、
前の私が間違ってたとは全然思ってない。
しっかり者で頑張り屋さんだった私も
大好きだったし誇らしい。
あの頃の私がいたお陰で、
その土台の上に今があるんだと思ってる。
どっちも経験して...
分かったことがある。
自分が自分を扱うように
世界から扱われるんだよ。
これは本当の本当にそう。
自分を後回しにして大切にしなければ
誰かが自分を最優先になんて
してくれるはずもない
自分の本音をほったらかして
誰かが本音を理解してくれる訳がない
自分をないがしろにして
いいことなんてなんもない。
どんな宝石だって
「これ、ただの石ころなんです」と
持ち主が言えば
周りは石ころ扱いするよ。
逆だって同じ。
「これは私の大切な宝物なんです。」
そう言って丁寧に扱ってれば
みんな、大切に扱わなきゃ!と思う。
自分を徹底的に大事にしてみて
どんな自分も許してみて
やりたいことさせてあげて
食べたいもの食べさせてあげて
手間暇かけてあげて
世界が変わらない訳がない。
これは私の、人生を掛けた実験の結果。
今がうまくいってない誰かの
何かのキッカケになればいい
いつもみんなが幸せでありますように。
