先日、Xで「退会の申し出があって悩んでいる」という先生の投稿を目にしました。
読んでいて、「わかるなぁ」と思うところがたくさんあって、私自身がいつも感じていることを少し書いてみたくなりました。
退会の申し出って、本当にいろいろな気持ちになります。
今までは。
残念だなあと思う気持ちもあるし、「ああ、やっぱりそうか…」と思ってしまうところもある。
そして毎回かならず、「自分はどう接していれば一番よかったんだろう」と考え込んでしまうことがありました。
でも私は、「やめる」と言われたときは、実はひとつの「チャンス」でもある、と思っています。
「やめる」は、ひとつの区切りでありチャンス
私の中では、「ピアノをやめる」と口にするタイミングは、
その人が自分のこれからの生活や時間の使い方を、初めてちゃんと見つめ直そうとしている瞬間でもある、と思っています。
だから私は、本当に「やめます」と言われてから慌てて引き止めるのではなく、
そうなる前の段階で、面談の機会をこちらから作るようにしています。
面談でいっしょに考えてもらうこと
面談では、こんな話を率直にします。
私は、ピアノを技術だと思っています。技術というのは、演奏テクニックなど具体的な動作ということも含みますが、生徒さんが「楽しく」弾けるようになるのは、ただ単にレッスンの時間が「楽しい」だけではなく、「自分で練習して弾けている状態」のことだと思っています。
なので、弾けている状態をつくるのには、「練習が必要」というところがとても重要と考えています。
やめる人のほとんどは、「練習ができない」ということがほとんどだからです。
- ピアノは技術なので、弾かなくなるとどうしても後退してしまうこと
- 「時間ができたら戻ろう」と言うけれど、その「時間」はほとんどの場合、二度とやってこないこと
- 細くても続けていれば、少しずつ積みあがっていって、いつか「本当に弾きたい曲」に出会ったときに、その積み重ねが必ず助けてくれること
「やめたらどうなるか」という話を、やめると決めてから伝えても遅いので、
そうなる前の段階で、いっしょにじっくり考えてもらう時間を作るようにしています。
「悩むことが苦手」な時代の中で
最近の親御さんは、悩むことそのものをとても嫌がる方も多いなと感じます。
子どもがしんどそうにしている姿を見るのもつらくて、
「そんなに大変なら、もうやめちゃおうか」と、早く楽にしてあげたい、と思う気持ちもすごくよくわかります。
でもピアノは、弾くのをやめると、技術はゆっくり確実に落ちていきます。
これはどうしても避けられない現実です。
だから私は、「弾かなくなったら弾けなくなる」ということを正直にお伝えしたうえで、
それでもその選択でいいのか、一度立ち止まって考えてもらいたいと思っています。
「続ける経験」が、あとで効いてくる
忙しい、練習できない、困っている。
こんな状況は、この先の人生で何度も何度もやってくるはずです。
そのたびに「やめる」という選択をしていたら、
きっと何かを達成する前に終わってしまうことが多くなるのではないか。
私はそんなふうにも感じています。
大げさかもしれませんが、忙しい中でもなんとか踏みとどまり、
先生の助けを借りながら、細くても練習を続けていく経験って、
この先の人生で何かに挑戦するとき、必ずどこかで役に立つと思うのです。
私自身のピアノとの付き合い方から
私自身、ピアノ以外で「胸をはって達成できた」と言えるものは、そんなに多くありません。
でも、長くピアノを続けてきたことで得られたものは、思っている以上に大きいと感じています。
- 思うように弾けなくて落ち込んだこと
- 練習する時間がとれずにもやもやしたこと
- それでも少し続けていたら、「前より弾けるようになってる」と感じられた瞬間
そういう紆余曲折が、今の自分を支えてくれています。
だからこそ、生徒さんにも「やめなさい」「絶対続けなさい」と押しつけるのではなく、
- やめたらどうなるか
- 続けたら、どんな未来がありそうか
その両方をいっしょに見つめ直すお手伝いができれば、と思っています。
「やめる」の判断って、ほとんどの保護者さんが素人
ここで少し、保護者さん側のことも書いておきたいなと思います。
多くのご家庭では、
- 習い事を始めるとき
- やめるかどうかを決めるとき
どちらも、基本的には「大人の事情」で決まります。
時間、送迎、下の子のこと、お仕事、お金、親の体力…。
どれも大事な事情で、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、「やめる」という判断に関しては、
ほとんどの保護者さんが“素人”なんだと思います。
「いやだったらやめればいいじゃない」
この考え方は、たしかにその場をラクにはしてくれます。
でも、「何かを達成する」という視点から見ると、
そこだけを基準にしてしまうのは、やっぱりもったいない。
一方で、電子ピアノを時間をかけて選んでくださる保護者さんもいます。
忙しい中で、わざわざお店を回って相談して、子どもに合いそうな一台を探してくださる。
そういう行動の中には、「この子にちゃんと続けてほしい」という思いがたくさん詰まっています。
でも、その思いと「やめる」の判断が、
うまく結びついていないケースも少なくありません。
「子どもの将来を思う保護者さん」になってもらうために
だからこそ、ピアノの先生側からも、発想を少し変える必要があるのかな、と感じています。
「保護者は勝手に始めて、勝手にやめてしまう」
と嘆くだけではなくて、
- どうしたら「今この瞬間のラクさ」だけでなく
- 「子どもの将来」まで見通して考えてもらえるか
そのきっかけや仕掛けを、先生の側から用意していく。
たとえば、私が実際にやっていることですが
-
面談の場で、「やめたらどうなるか」「続けたらどうなるか」を、一緒に言葉にしてみる
-
電子ピアノを真剣に探してくださったエピソードを拾い上げて、
「あのとき時間をかけて選んでくださったお気持ち」を本人に自覚してもらう
-
「今が一番弾けている」という事実を、具体的な曲や音で実感してもらう
こうした関わりを通して、
目の前のスケジュール調整だけではなく、
「この子が大人になったとき、どんなふうにピアノと付き合っていてほしいか」を
一緒に考えられる保護者さんになってもらう。
そのための土台になるのが、
今回書いたような「やめる/続ける」に対する先生自身の考え方だと思っています。
