お天気なのに体調が悪い時があり、


なぜかわからなくて、一日中布団の中で


苦しんでいた。


夕方になるにつれ、どんどん症状はひどくなり


布団の中にいるのに手足は冷たく寒い。


頭は割れそうに痛いし、


全身倦怠感で動けないし、死にたいとふと思ってしまうほど・・・


夜になり、原因がわかった!


断薬の途中だったからだ。


以前にも断薬に失敗したセパゾン。



処方されて最初の頃、数ヶ月経過したら、なぜか


医師が突然、朝晩1錠ずつ飲んでいたセパゾンを外し、


薬を変えた。


セパゾンが切れてからは酷い状態だった。


だるくてだるくて動けないし、


全身が小刻みに震える。


一体なんなんだーーーー!!!!と怒り狂った。


このままでは、生活できないと思い


這って病院に行き、床に座りこんで処方箋を待った。


この医師で大丈夫なのだろうか・・・と


最初に疑問に感じた4年前だった。

父は20代の時、陸上自衛隊に勤務していた。


母と結婚してから、父の実家のある神奈川へ


戻ってきた。


父は、私の記憶のある限りずっと前から厳しかった。


「自分のことは、自分でやれ!」


「自分でできないなら、やるな!」


今考えれば、正論のようだがかなり矛盾していた。


しかし、当時小学生の私には


それが矛盾しているなどとわからず


言う通りにするしかなかった。


親のいうことは≪絶対≫だった。


「ウソは何があってもついてはいけない」


「真面目に生きなければダメだ!」


人間として、当然のことかもしれない。


【親が間違った事を言うはずがない】


と思っていた私は、父の言う事に忠実に生きてきた。


母の言う事に疑問をもち逆らうと拳で殴られたり


立ち上がれなくなるほど蹴飛ばされるので


怖くて従うしかなかった。


そう、私は両親に自分の意見を言うことが


できなかったのである。


それを大人になっても引きずり


【自分の意見を言えず】


いつも周りの人の顔色を伺っていた。



他人が不機嫌だと


【自分が何かしたからではないか】


と自分が何もしていないのに原因を探し、


自責の念にかられる生活を送ってきた。



私の心


いつも他人に振り回されていたのである。

私の母は、とても厳しい人だった。


「ご飯を食べる時にテレビを観てはだめ」


「箸はきちんと持ちなさい」


「ベッドでも布団はいつもたたんで綺麗にしておきなさい」


「下着は自分で洗いなさい」(小学校4年の頃)


「使った食器は自分で洗って片付けること」


「トイレは2日に1回掃除すること」


などなど…。


もちろん、自営業ということで母も忙しいために


家事を手伝うことは当たり前だった。


母が用事があって、1階のお店から2階へ来ると


私はジッとしていられなかった。


いや、ジッとしていてはいけなかった。


小学校低学年の時は、遊んでいても怒られなかったが


次第に理由もなく、怒られる事が多くなった。


「黙ってテレビなんか観てるんじゃない!」


と言われ、蹴飛ばされたり…


何が悪いのかよくわからないまま拳骨で頭を殴られたり、


置いてある物を投げつけられたり…


今思えば、ヒステリーだったのかもしれません。


立ち上がれなくなるほど、足を蹴飛ばされて怖くなり、


次第に母の足音を聴こえると、どこかへ隠れる習慣がついた。


物影から、耳を済ませていると


「まったく、どこ行きやがった」


と言っている母。


ゾッとした記憶が今もよみがえってきます。


その時は、私が悪いのだと思いこんでいたし、


母のことも好きだったので何も疑問には感じなかった。


もちろん、優しい面もあり私の好きな食べ物を見つけると


必ず買ってきてくれたりした。


でも、その時の記憶が今の自分にこんなに傷を残しているとは


気づかなかった。


私には愛情が枯渇してるので、無意識に周りの人に


愛情を求めてしまう…。


情緒不安定でとても攻撃的な人格をもっていることに気づいて


悩んだ日々もあります。



自分の子供には≪虐待≫などしてはいけないと


はっきりと自覚していたのに、


≪虐待≫をしていた…。



ショックだった…


私と同じ目に遭わせたいた…