誰かの言葉より
自分の言葉。
だけど
自分の言葉すらも嘘な時
がある、
それは自分が持っている
おなかの中に宿った時に持ってた
まっさらな性質だけで生きている自分
とは違う
産まれてからの
環境・出来事・人との関わり
の中で学んだ生き抜く方法
が、
自分の気持ちとしてでた答えだったり
するから。
それは自分では気づかないくらいに
当たり前に自分の中に在る
当たり前すぎるから
自分だけでは到底わからない。
そんな時は逆に
誰かと話すと気づいたりする。
それはなぜか。
私と誰かは違う人
だからだ。
同じ人間だけど違う。
〇〇は違う
〇〇も違う
全てがまるっきり違う
そういった事が逆にいい。
違うから気づく。
違うから安心する。
同じであることも
心が安心したりするけど
違うこともまた
安心できる。
違ってていいんだよ。
違うことに怒りをぶつける人がいたら
ほっとけ!
その人は
怒りとか、人を傷つけることが
エネルギーになってるだけ。
今は、私にそう言ってあげたい。
私もぶつける場所は違うけど
怒りや人を傷つける時代があった。
だけどそれは、
結局自分だから。
今の私は
合うも違うも在る人生がいいし
合うも違うも感じるときは
怒りじゃなくて
楽しさの中で感じたいから
誰かの言葉じゃなく自分の言葉と
自分の言葉の奥を深掘りながら
本当の自分の
私が私に伝えたかった本心を
探っていこうと思う。
それがたとえ
全然キラキラじゃなくて
超平凡であったとしてもさ

さて、
洗濯物干そうと思ってた時に
ふと考えついて書き始めちゃったから
洗濯に戻ります
ギラギラ晴れてて良かったよー

今日は感謝できる

見てくれてありがとう![]()
