兄が亡くなってから、6年が過ぎた。
兄の誕生日は:1月10日だったと思う。
兄とは、-学齢で6歳違う。
兄と一緒に遊ぶことはあまりなかったが、たまに遊んだりもした。
しかし6歳違うとえらい違い。
キャッチボールをしても、兄は手加減してるのだろうけど、こっちは捕球時に無茶痛い。
僕が中学生の時に、兄に海水浴に誘われた。
いまにして思うと、兄が彼女とデートするための俺はダシだったとおもうけど、その時は俺はかのじょを連れて行ったわけでもないので、なんかふたりの邪魔してるんじゃないかとおもったりもした。
かんがえてみると、兄の後をずっと追ってもいたようでもある。
兄は工学部の電気に進んだ影響もあって、僕は中学生の時に、5極?ラジオを作ったりもした。真空管の時代である。そして、兄の後を追うように大学受験は電子で受験した。
当時は、インテルの1103(1KDRAM)が開発されたころである。
いろいろな思い出があるけれど、兄は株が好きだった。
兄はデータをとること(統計)が得意だったのだろうと思う。
兄は就職してからは、パチンコのデータとかも集めてたようで、そういうこともあって友人に株の道に誘われたのであろう。日経が40000円になるのを見たら喜んだろうと思う。
また、兄が囲碁を好きになったのは父の影響であろうと思われるが、大学時代は囲碁部に在籍していた。そして、結婚して子供が出来てからは、その子供に夢を託して、棋士に育てた。
まだ、思い出すといろいろでてくるけど、よもふけてきた。取りあえず今日はここまで。
