松島【テレマーケティング】

松島【テレマーケティング】

成約率を10倍高める。

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現在販売されている名簿について、ありていに書いておきます。



1、ネット販売で、メールアドレスが主体のもの。



これは、基本的に、自動収集ソフトで、楽天やYahooあたりから集めたネットショップの事業系のアドレスと担当者名、電話番号などが記載されているもの。
主にPDFファイルの形式で届く。



値段は1人1円以下、0,1円とか、むちゃくちゃ安いが、内容は同一物を多数に販売し、買ったものの多くがスパムメールの送付先にしていて、荒れまくっている。
テレフォンマーケッティングはもとより、メールの配信先としてでもお勧めはしない。



送れば、かなりの確率で、クレームの山になることは確実だと思われる。



2、名簿屋で、30代女子とか、マンション購入者とかセグメントわけされているもの。



これは、紙のコピーで打ち出し送付可能なものですが、値段は1件10円から20円。ほぼコピー代金のような感じ。



かつてのテレホンマーケティングの主流形式ですが、現在では業者としては、新規名簿の入手が極端に困難になっているため、過去の名簿のフラッグつけなおしの物が多い。たとえば、ジュエリー購入者リストから30代女性と40代女性へととか。



サンプルを何枚かもらえるので、購入前に試しうちして、在宅確認もできるようにはなっているものも多いが、基本、古いし、クリーニングされていても、かなり荒れていると思ったほうがよい。



3、名簿屋で今月の新規として1件100円とか200円で売られているもの。



数は少ないが、確実に出は多い。ただし、属性がそれぞれの事業に合うかどうか次第のところがある。



もともとは懸賞雑誌や副業雑誌、プレゼント当選者などで、DMを許可したものだと思うので、2よりは安心だが、何せ高い。一人が1日200人消化して実働20日動けば、名簿代金だけで40万円はかかることになり、販売する商品やサービスがある程度の高額商品であればよいが、数千円のものをプロモーションするのでは、割に合わない可能性もある。



また、同時期に何社が購入したのかも、確認しておく必要もある。



名簿屋としては、月日が経過するごとに単価を減額していき、2のようなセグメント商品に再編集するものだと思われます。



結局は、



現在では、独自に自社向けだけの名簿を手に入れる方法を、手間でも構築しなければ、最終の目的=オーダーに結び付けるには、効率が悪い。
自前の販売商品に興味があり、先方の資料要求願望があるものを確実に取得すること。



昔と違って、ここまでの作業が、全体の半分の手間だと考えたほうがよい。



クレームも無く、ハウスリストオンリーとして使用できるリストこそ、お金を印刷する紙のようなものである。



一度当該会社から商品を購入した人物の名簿なら、さらに成約率は倍近く上がることになるのは、この世界では、ほぼ常識的なことでもあります。




学校にはたどり着けなかった割には、何人かの友人もできた。興味半分に覗いたセツルメント活動の部室であったB君は、付属高校からの進学に若干の後ろめたさを持つ文学青年だったが、もともとのぼんぼん生活への反動からか、無頼の生活にあこがれていて、プロの
マージャン打ちを目指していた。



彼は僕のマージャンの師匠でもあるわけだが、すでにプロの古川凱章の弟子であり、このゲームが運だけで運ばれているものでは無いことを教えてくれた。



彼は近代マージャンという雑誌の棋譜を取るというバイトをやっていて、あるとき、そこの会場で見学させてもらった面子のオーラはいまだに忘れられない。



古川凱章、小島武夫、阿佐田哲也という伝説のマージャン新撰組のメンバーとムツゴロウ氏で卓を囲んでいた一戦で、ムツゴロウ氏が役満である大三元を積もりあがって逆転勝利をするというものだったが、当時、後ろで手を見ながら見物していた僕たち学生にも、1万円づつのご祝儀をくれたという豪快な人物だった。



何より、後に色川武大の名で直木賞を取った阿佐田哲也氏が、まあ、麻雀放浪記というバイブルの作家として有名ではあったが、一度積もりあがった手を平気で壊して美しい手に変えていくというのを目の当たりにして、



ダンディズムの何たるかを見せてもらった。



ミニコミのほうは、普段は部室に溜まって企画会議をしたり、広告取りに動いていたりしたが、当時はまだバブルの色も強く、大手のデパートの企画部の人とかも、平気で学生の電話に出て、企画書を見て、結構な金額を払ってくれる時代だった。



六本木のディスコチェーンの統括部長が年間でカラーページを買ってくれたり、学生には、その本人にたいした力量が無くても、大学のブランド名だけで、集金できるということでもあった。



他大学にも同じようなサークルがあり、ノンフィクション作家の岩上安身や、コラムニストの榎戸了一などもそれぞれの大学の雑誌の編集者だった。
現在のananの編集長も、当時のそういう人たちの一人だったが、現在残っているのは、そのサークルのナンバーワンではなかった2番手の人が多いのが特徴的だ。



それぞれの主催者は、個性が強く、上に書いたように「学生ブランド」で商売していたことと「自分の素の能力」とを混同しがちな人が多かったのではないか?



と、今にしてみれば、そう思う。







とりあえず、この学内誌を足場に、雑誌のライターや取材のバイトは引く手あまたあって、生活には困らないという状況が続いた。ファッションから物関係、アイドル雑誌や思想哲学関係と、片っ端から興味半分に食い散らかしたが、



その中でも特に印象に残ったのは、当時街頭の自動販売機で300円で売られていたエロ本の版元と、小規模な音楽カルチャー雑誌の編集部だった。



価値というものを考える上で、面白い記事がアメーバニュースに出ていました。





中国製の器が2億円で落札、ガレージセールで300円の品




[ニューヨーク 19日 ロイター] 6年前に米ニューヨーク州のガレージセールで購入した約3ドルの器が19日、競売大手サザビーズでオークションにかけられ、予想をはるかに上回る220万ドル(約2億1000万円)余りで落札された。



この器は約1000年前の中国・北宋時代のもので、直径12.7センチ。サザビーズによると、出品者は2007年にわずか3ドルほどで購入したが、価値も分からず暖炉飾りの上に置いていただけだった。専門家に鑑定を依頼し、競売に出品することを決めたという。



サザビーズでは落札予想額を20─30万ドルと見積もっていたが、最終的にはロンドンのディーラー、ジュゼッペ・エスケナージ氏が手数料を含めた222万5000ドルで落札した。







中国の骨董は、美術品の値段と同様に、中国の経済力の拡大とともに、その価格を上げてきています。
海外に流出した骨董を中国人のお金持ちやバイヤーが買い戻しているという構図なのですが、



世界で一番中国の歴史的な骨董が流出している先は、実は日本だということです。


太古からの往来はもとより、明治になってからのこの手の製品の流入は凄かったようで、現在、日本の骨董市場を探りに中国から大量のバイヤーが買い付け旅行に来ています。



中には質の悪いものや偽者もあるようですが、この手の収集家は日本にも多くいたようで、現在、その価値のわからない3世4世の押入れや蔵の中に、大量に眠っている可能性が指摘されています。



これは、かつて中国が貧しかった時代には価値が無かったものでしょうか?



価値はあったのだが、それに見合う出費ができる人がいないため、商業交換ルートに乗らなかっただけなのでしょう?



どちらにしても、



「価値は常に現在に依存している」のは間違いなさそうです。


物の価値というのは、自分以外の他人による「評価」によって決まるものです。



本屋さんの店頭に「100円のハンバーガーを1000円で売る方法」のような書籍が置いてありますが、読むまでもなく、現代社会における物の価値というのは、労働時間や労働人数から逆算されるものではありませんよね。



書籍などというものは、その最たるもので、同じ版型、同じページ数でも、誰が何について書いたかによって、100円のものもあれば、1万円のものもある世界です。



1万円のものが100円のものの100倍の労力と製造経費がかかったものであるということは無いのです。



いや、もっと昔から、物の価値というのは、その製品の「原価」と連動するわけではなかったわけです。そもそもが。



1個300円のコンビニバッグと、100万円のエルメスのバッグの間には、原材料費や職人の加工賃だけでは説明できない評価の差異が存在します。



300万円のレガシーと1500万円の911カレラの間には、気筒数と排気量でだけでは説明のつかない評価の差異があるわけです。







衣食住がある程度充足された社会においては、者の価値というのは、自分以外の第三者が自分の提供する製品やサービスについての物語について共感するかどうか、



その物語の幻想にどれだけ期待するかどうか、にかかわっているわけです。




日本の個人金融資産は約1500兆円ですが、1ドル=76円前後から95~96円前後まで円安が進みましたから、たったの3ヶ月で円はドルに対して25%程度も価値が目減りしたことになります。



日本はこの3ヶ月で25%も没落したのでしょうか?日本の製品は25%も価値がなくなったのでしょうか?



単純計算して、300兆円の個人金融資産が、あっという間に消えてしまったことになります。



逆に株価は25%も値上がりしています。



価値のない製品を作っている日本企業の評価はうなぎのぼりなんでしょうか?



価値というのは、物語の値段であり、幻想への期待値であり、合理性の外にあるものです。



自分で決めた価値に対する値段を切り下げて、安く販売してしまうというのは、商売ではないと思います。


価値で売るためのストーリー、共感を作り出す作業こそが、商売という交換作業に付加価値をつけているただひとつの要因です。



アウトバンド・セールスにおける成約率の最大の変動要因は、電話をかける先、すなわち名簿にあります。



もちろん、営業マン個々の能力差も大きい要因ですし、平均偏差の10倍近い成約を誇る一部のスター・セールスが存在することも事実ですが、
一定期間、継続して、一定以上の人員配置でテレマーケティングを行う場合、個人の能力の差異は、誤差の範囲ですし、これに必要以上に依存することは、破滅への道です。



個人情報保護法の制定以来、不同意リストの売買の禁止によって、原則は自社のハウスリスト、同意を得た顧客以外に電話でセールスを行うことはできなくなっていますが、
自営業者をはじめとするビジネス者については、この限りではありませんし、いろいろな抜け道もあって、現実にはいわゆる名簿屋なるものも存在します。



現在では、テレマーケティングの会社も、この「かける先」のリストについては様々で、



1、過去のハウスリスト

2、電話帳から無差別

3、折込やウエブからの資料申込者

4、サンプルやプレゼント等の提供による情報活用同意者




などに連絡をするというバラバラな状態にあります。



ひどいものになると、電話の市外局番だけを決めておいて、無差別に0001からかけていくというところもあるようです。



先にも述べたように、この「名簿の属性」によって、成約率はどのような商材でも10倍程度は差が出ます。

これは、電話をかけた際のフロントが通るかどうか、



「お世話になります」で入れるか、

「はじめまして」で入れるか、



最初の15秒で成約の90%以上が決まってしまうという、テレマーケティングの性格によるものです。



通常、ランダムに発信すれば、よほどインパクトがある事業体でない限り、100人中、98人は、



「結構です」



の一言で終了してしまいます。



営業マンの1日の仕事は、この50人に一人、まあ、どこのクラスにも一人はいるであろう「断りきれない性格の顧客」を探し出す作業になります。



おおよそ、フロントが通った顧客の50%は、商品説明からクロージングまでは行きますし、
クロージングまで言った顧客であれば、なれた営業であれば5割、そうでない場合でも3割程度はオーダーになりうるというのが、この20年間の手ごたえです。



すなわち、一日1件のオーダーを作るためには、最低でも、3人にクロージングする必要がありますし、そのためには6人に商品説明する必要があるわけです。



商品説明する前の「結構です」は、たんなる用心のための断り文句ですし、途中段階の「時間がない」「金がない」「興味がない」は、本当の意味でのネガティヴ要因ではありません。



6人に商品説明をするためには、最低でも300件に電話か通じる必要があります。



外回りの営業に比べれば、不可能な数ではありませんし、雨の日も風の日も、暑くもなければ寒くもないのですが、
現実には、その時間に不在の人も多く、300人とコンタクトをとるのは、電話といえども容易なことではありません。



しかし、これが属性の確かなリストであれば、30人とのコンタクトで1オーダーは軽く可能になりうるわけです。