一睡もできなかったので、いつもより
早目に4時台に公園へ
やはり人多かった〜
平和のありがたさ噛み締めながら
先人に感謝して、ウォーキングしてきました。
今日は、
75年前長崎への2発目の原爆投下
1945年8月9日午前11時2分
「ファットマン爆弾」を投下。
広島の8月6日のブログです。
↓
原爆投下から75年目の今日、広島「原爆の日」の祈り
経済学部教授をしていたので
なぜ?長崎に原爆投下されたのか
中学生の私に、よく考え事実をしっかり見ろと
世界平和に繋がる話をしてくれてました
祖父希望の職につきませんでしたが
祈りへの想いは途絶えていませんからね〜
8月6日に放送された
NHKスペシャル
「証言と映像でつづる原爆投下・全記」
8/13(木) 午後11:00
まで見ることができます。
https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2020080632188

ぜひ、今日のこの日に一人でもご覧いただきたいです
当時の証言で、
官僚、天皇の側近への
イギリスのテレビインタビュウーで、
原爆で失われた命への言及がなかったと
戦争終結の決断を下せず
時間を浪費していた日本
尊い命が失われていきました。
7年間連合国軍は日本を、統治している間は、
原爆投下の事実は、ラジオ、新聞検閲で統制されていて
原爆の事実は覆い隠されていきました。
人間が同じ人間にこうもひどい惨ららしいことできるのか
原爆投下の製造準備から、投下の
責任者のフェエル准将が、
広島に降り立ち
原爆の凄まじい威力に破壊力に
1ヶ月後に核の脅威の警告として
原子爆弾をコントロールできなければ
人々は国々が共に学ぶ事をできなければ
「徹底的な破壊と突然の死」に
直面するであろう。
決して使用してはならない、と
この手記は、表に出ることはなかった
