迷いはないのか | ゆうこ先生の幸せ日記

ゆうこ先生の幸せ日記

子どもは宝物です♪
その宝物を産み育てているママ達は、本当に素敵な存在
でも、子育ては楽しいことばかりじゃないもの
毎日の子育てが、少しだけでも楽しくなるお手伝いをしたいな♡

学校で『自分史』とやらを作っている娘ちゃん

幼い頃の写真を持って行って、パソコンで取り込むらしい


こんな写真を見ながら娘ちゃんが聞いてきたのです

「ママは、子どもが産まれて遊んでばっかりいさせることに、何も迷いはなかったの?」と

どういうこと?って、聞いたら

「子どもに何をやらせたい、とか、これをやらせたいとか、あれをやっておいた方が将来役に立つとか思わなかったの?なんでも子どもがやりたいようにやらせる事に迷いはなかったの?」

ほ〜〜
なるほど、そういう疑問ね

なんでも娘ちゃんの考えとしては、親は誰しも子どもに対する期待とか希望とかがあって、それを叶えるには遊んでばかりじゃなくて、やらせなきゃならないことも出てくるのではないか?
でも、我が家ではやりたくないことをやらされたことはないし、いつも遊んでばかりだった。
そんなことをさせておくのに、親としての迷いはなかったのか?と聞きたいらしい

う〜〜ん
私には全く迷いはないのだよ
今も昔も
子どもに限らず、誰でも好きに生きていたらいい

自分がやりたいことはやる
やりたくないことはやらない

それは他人が決めることではなくて、全て自分で決めること

た〜〜だ!娘ちゃんが大いに誤解していることがあるのですえー

私が本気で、ただ子ども達のことをほっといただけだと思っているようなのよ

それは
ち〜が〜い〜ま〜す上差し

ただほっといた訳ではなく、信念を持ってほっといてるのですよ

それぞれの決断を信じてほっといているのです

子どもを信じるって簡単なようで実は難しいでしょ
信じた自分にガッカリしたり、後悔することも覚悟の上で信じる

私がそうしたいから、と本気で思っていないとどうしても子どもを責めたくなる

せっかく信じていたのにムカムカ
あなたが言ったからやらせたのにムカムカ
なんで言ってることとやってることが違うのよ?ムカムカムカムカ

それは、信じてるふりをして本当には信じてないから出るセリフ

「信じる」と決めたのは自分
それがその通りにならなくても、せめるべきは子どもではなくて

もちろん、大人として子ども達に助言もするし、手助けだってする
そんなのは当たり前

でも、最終的に決断するのは本人なのです

そんな話をしていたら、最後に娘ちゃんが言いました

「多分私にはむ〜〜り〜〜ニヤリ親になったらきっと色々英才教育とかしたくなっちゃうと思う〜〜」だってさチュー