離婚・乳がんのどん底人生を
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今日のブログは視方を変えるといじめか?

と思う人もいるかもしれません。

当たり前ですが、読み手のあなたがどう受け取るかは自由です。

社会人になっても似たような場面はあります。
一般企業ではわかりませんが
福祉・介護の職場では似たようなことはありました。(介護福祉士・職歴25年)

あなたがいじめに対して関係ないわと、

思うなら気にならないと思います。
もし、いじめに敏感なら読まずにここまでで

読み進めないでください。


ではここからです。


🍀
孫の運動会を観に行きました。
どこの子供もいきいきと、お母さんやお父さんに手をふりながら楽しそうです。

孫はお母さんと私(バーバ)に手をふります。
その姿を観ていて

{私は何故体育をさぼっていたのか?}
{運動嫌いはいつからだったのか?}
を、思い出します。

 

 


私の両親は身体障害者で歩行が困難でした。
父は装具着用の歩行です。
育児に父が協力という時代ではありませんでしたし、母も父が育児を手伝うという考えはありませんでした。
母は我が子が歩きまわったり、

走りまわると自分がついて走れないので

自分の傍に箱をおいて

その中で遊ばせていたと言います。
できるだけ歩かせない・走らせないようにしていたそうです。

公園遊び・散歩はあまりしていません。
保育園に預けられました。


小学校1年の初めての遠足で、歩けずに泣き泣き帰ったと聞いています。
そのことは私の記憶にはありません。
今の育児で言う下半身強化はできていません。


私は小学校5年で転校しました。
その学校で転校前のように過ごせなくなり
親の事も含めて周りの目が気になりだしました。
この頃は体育・運動会は好きでした。
体育成績が3という状態で「普通」でした。



多感なお年頃の時です。
運動が苦手なクラスメイトがいました。
運動会等のリレー時に抜かれると

活発なクラスメイトが
「チェッ」
「もう!」
というのを聞くと嫌な気持ちになり運動が嫌になったことを思い出します。


球技で負けると
「あいつがいるから負けた」
「あいつがあっちのチームにいけばいい」

とか、聞くだけで不快な気分が

さらに大きくなりました。

私に直接言われたことではなくても私がミスをしたら同じように
言われるかもしれないという不安があります。


負ける事はいけないこと、

勝たなければダメな人、

という思い込みができあがり運動を楽しむという概念は消え去りました。


頑張ってもできないことや

負けることがあります。
運動会等で勝敗に負けたら私の存在までも
否定されたように感じました。

それと私のことではないと思いながらも
言われているクラスメイトにわたしは
「ちぇっ」と思わないよと、

言えない自分がいけないダメな人だと

思いました。


体育・球技大会・運動会は5教科の

勉強では無いという、うれしさはありながらも苦痛な時でした。
このような思いを持っていても

誰にも言えない私でした。
ましてや足の悪い歩行困難の母には言えませんでした。


今回は孫(幼稚園児)に運動会後に
「頑張って走ったね」と
結果よりも過程を褒めました。


過去の私が結果は結果ととらえて
個人の存在は価値がある大切な人だよと思うことができていたら、、、
「一生懸命がんばったから良かったね」
とクラスメイトに言えていたら、、、
運動嫌いにならなかったかな?と思います。


全ては過去です。
今の子供さんで運動嫌いの要因が

わたしと同じように
なってほしくはありません。
その思いで私の体験を書きました。

誰かの参考になるとうれしいです。