【 21 】
12月 25日 16:38
街を視界に捉えた。
ネオンと雪がホワイトジャズを奏で、夕闇に浮かび上がる。
新潟屈指の繁華街:古町は年末の賑わいをみせていた。
益田は出麹を降ろすと、ガラス越しに一礼し、署へとUターンした。
出麹はしばしの間、車のケツを眺めていたが、やがて古町の喧騒に分け入った。
畑山との約束まで、1時間半程の時間がある。
視点を定めるでなく、街を見回す。
聖なる日に特別な感慨はない・・・・・昔からそうだった。
目に入るのは・・・・・割れた看板と水色の電灯・・・・・路地に積まれたビール瓶・・・・・欲望と忘却の彼方を求め、かまびすしく街へ流れ込む人々・・・・・
出麹は本通りを外れ、傾斜の着いた坂を下り、西堀の方角へと足を向けた。
道の端っこには薄汚れた雪の残骸が積もり、恨めしそうに凝り固まっている。
車を降りてから街を彷徨い、『とたに』に着いたのは約束の15分前であった。
出麹は中に入って畑山を待つことにし、店内に足を踏み入れた。
奥から馴染みの仲居が顔を出し、出麹を見るなり笑顔で招き入れた。
「こんばんは。いつもありがとうございます~。お連れさん、いらっしゃってますよ」
「え?」
「ついさっき、いらっしゃったところですよ。早く来すぎた、なんておっしゃっていましたけど・・・・・」
「・・・・・そうですか。私も早く着いたので、ちょうど良かったのかもしれないですね・・・・・」
「寒かったでしょう、さ、さ、中へどうぞ~」
座敷に案内されると、畑山がこちらに背を向けて座っていた。
出麹は虚を突かれる形となったが、仲居に礼を言って畑山に近付いた。
「畑山さん、メリークリスマス」
畑山は驚いて振り返った。
「・・・・・おお、君か、びっくりしたよ、ずいぶんと早いな」
「そちらこそ」
出麹はこの時点で畑山は沢村失踪に関係無しと判断していた。
したがってこれまでと同様に、公安の密偵として畑山を転がせる為のスパイ工作を継続することにした。
徐々に畑山も団体メンバーとして浸透し始めた頃でもあり、その浸透具合を探るのが今日の出麹の狙いでもあった。
出麹は畑山に酒を勧めながら、徐々に餌をまいていった。
政治・社会・経済・主義・主張・アイデンティティ等、これまで触れたことのない話題に、初めて畑山を誘引した。
-----なぜ新潟に?
-----なぜ教師という職業を?
-----今後の展望などは?
注意深く、あくまで自然な会話の中での問い。
1時間程経過し、オーダーし過ぎた料理を全て二人がたいらげた頃、畑山についての意外な事実が分かった。
畑山には身寄りが一人もいない、ということであった。
物心ついた頃、すでに家には父親しかおらず、その父親も畑山が18の時に病死した。
親戚付き合いもほぼなく、ごくたまに近況報告をする従兄弟が一人神戸にいるだけ、とのこと。
そういった環境と今の畑山の思想、並びに教師という職業がいかに繋がり、しいては団体構成員となるに至ったのか・・・・・出麹はふわふわとした実体のないパズルを組み立てているような感覚に陥った。
***畑山の記録---出麹の日誌(1980/12/25)より***
-----人は「理」で割り切れるものではない。しかしながら「人」である以上、生きてきた全ての証左があの時、あそこで話していた「畑山」には集約されていたはずである。団体構成員としての畑山たる所以が必ず存在していたはずだった。私は畑山を転ばせる前に、それが知りたかったのかもしれない。
畑山が「畑山」である理由を・・・・・
グラスを傾け唇を濡らし、情報を整理しながらも出麹は手応えを感じていた。
酔いが回り、眼前で饒舌になって自分のことを話す畑山がその手応えを強固なものとしていた。
・・・・・出麹君、実は私は海外はおろか、この信越地域の外にも出たことがないんだ。
・・・・・そうなんですか、また仕事が落ち着いたら、どこか旅行にでも行きましょうよ
出麹は綿密に作り上げた虚像を演じつつも、畑山の心にしっかりと浸透していた。
畑山が手酌で焼酎を自分のグラスに注ぎ、まどろんだ目線を合わせてきた時、出麹は遠くない時期においてこの男に公安のスパイ転向への脅迫を実行する決意をした。
その刹那・・・・・
・・・・・ヨソウガイノジョウキョウニ、ワタシハオモワズロウバイシタ・・・・・