ハナヨリダンゴ

ハナヨリダンゴ

38歳でADHD/ADDと診断。40歳で自閉症スペクトラムと診断され日々奮闘中です。

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福(ふく)ちゃんが、読んで書くように云ってくれたこの白坂さんの『心が先』。

 

わたしは、白坂さんが書いてくれているように、まさに悪循環になってる。

 

(1)人生が上手く行っていない

(2)自分で自分のことを「ダメだ・ダメだ」と言い続けている

(3)心に「ダメ」という種を撒き続けているから、将来、余計に「ダメ」な人生を体験し続けることになる

 

仮に、人生が上手く行っていないとしましょう。そうした時に、脳は思うわけです。 」って書いてあるのを読んで、心ではなくて脳で考えてる、この上記の(1)~(3)のことも、心で思うのではなくて、脳で思ってるってことなんかなって思った。

 

それって、わたしは由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんがいつも云ってくれてるように、脳で考えてるってことやし、全然自分の心が先ではないってことになる。由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんが「脳は厄介なもの」って感じのことを云ってくれてるように、つくづく自分の脳って厄介なものだと感じた。

 

由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんが云ってくれてるように、わたしは脳や自分の感情に振り回されてることが多くて、自分の心で言動してるということがほとんどない。

 

「感謝しています」「ありがとうございます」という言葉を、わたしは普段どれくらい使っているだろうかって考えた時に、ほとんど使ってないし、由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんからも、「そういうときは、ありがとうって云うのが普通」って感じのことをよく指摘して貰ってる。それだけ、自分が使ってないことになる。

 

子どもの頃からのことを思い出して振り返ってみると、うちの家族は「ありがとう」って言う言葉をほとんどと言っていいほど、使ってなかった気がする。家族間の間でも、「ありがとう」っていう言葉をほとんど聞いた記憶がない。

 

自分自身のことを「ダメだ、ダメだ」と言ってるから、もっとダメになってしまうってことなんやと思う。たしかに、由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんは、「ダメだ」とか、そういう言葉を使わない。由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんが云ってくれてるように、わたしは自分で自分のことをダメにしてしまってる。

 

由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんが云ってくれてるように、心を強くしていけるようにする。

福(ふく)ちゃんからOrihimeのメッセージで「月曜日から金曜日まで22時~24時(遅くとも1時まで)は由(ゆかり)ちゃんと、いろんな話を聴いて、認知の歪みについても教えてもらいながらやっていけ」って言うことを云ってくれていた。

 

今まで福(ふく)ちゃんや由(ゆかり)ちゃんとの約束で、ブログを書くこと、コメントをすること、コレが話す前にするっていう約束が前提やった。

 

そして、今日の22時。その時点で、わたしはブログもコメントも出来てなかった。福(ふく)ちゃんから「やることやったらんならできん」ってOrihimeのつぶやきに入っていたから、わたしは「帰って来たのが遅かったし、それから晩ご飯の用意をしとったり、家の用事をしとったりしたら、全部コメントもブログも10時までに出来なかった」ってことを言った。

 

そしたら、福(ふく)ちゃんが「だったら何でソレを報告しないんや。言わなかったらワカリマヘン」って返信があった。

 

その時に、今日は家庭訪問があるし、家で飼ってる犬を動物病院に連れて行くことを伝えるから知ってる、解ってるって思っていることが間違っていたし、時間的に無理だと言うことを伝えてなかったことが間違っていた。

 

自分自身の勝手な思い込みと、自分の甘さからきてるもので、それが原因で間違ったことをしてしまった。自分の中には、相手は解ってるっていう気持ちが何処かにあるんやって思った。だから、伝えることを疎かにしてしまうことになるし、それが失敗することへと繋がることになる。

 

それが自動思考なのかどうかは解らないけれど、自分自身の勝手な思い込みで言動するのは止める。遅くなるとき、時間に間に合わないときは、直ぐに連絡するようにする。

由(ゆかり)ちゃんと福(ふく)ちゃんの「まぁ、いっか」って言うのと、わたしの「まぁ、いっか」って言う、その「まぁ、いっか」って言う意味が全然違う。

 

●由(ゆかり)ちゃんと福(ふく)ちゃんの場合

「まぁ、いっか」・・・次に進むために、納得できない部分があってもいいって思う意味。

 

●わたしの場合

「まぁ、いっか」・・・遣らないでもいい、面倒くさい、後回し、見送る、見てみないふり

 

この時点で、大きく「まぁ、いっか」の言葉ひとつにしても、全然捉え方が違う。多少、発達障害の部分も影響しているかもしれないけれど、「まぁ、いっか」とか、「後で遣ろう」って思っている時ほど、失敗してることが多い。

 

その「まぁ、いっか」って言う言葉の意味を変えていく必要があるし、見過ごしたり、後回しにしたりすることを止める。ここ最近は、ちょっとずつではあるけれど、自分の中で後回しにしたりすることを止めることを意識して遣るようにしてる。

 

自分自身が「後から遣ればいいかな」って思っている時に、そこで後からにしていいのかどうかってことを自分自身に問いかけるようにしてる。

 

自分自身の「まぁ、いっか」って言う言葉を変えていくようにする。その言葉を使うのを止める。

 

 

草抜きの件(お母さんとの出来)をブログに書いた後に、由(ゆかり)ちゃんと話をした。その時に、わたしの間違ってることを教えてくれた。

 

(お母さん)「自分の部屋の裏のところの草抜きぐらいしなさい」

                   ↓

(わたし)「うん。わかった。〇〇までにするよ」

 

ここで、〇〇と書いていたら後で見たときに、仕事の進み具合のことを言ってるのか、期限のことを言ってるのか、何のことを言ってるのか解らなくなるって言うことを教えてくれた。

 

「うん。わかった。○○までにするよ」→訂正「うん。わかった。○月○日までにするよ」

 

自分の物差しというのは、自分の価値観や考え方のことであって、お母さんが言ったことに対してイライラしたり、スイッチが入ってしまうのは、その人の言い方、その人が好き嫌いで、お母さんの言い方にイライラするということを教えてくれた。たしかに、同じことを由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんが言ったとしても、イライラしたりだとかすることはない。※わたしの場合は、今回は当てはまらないけれど、その時の心身の体調や状況で変わることもある。

 

そして、相手が言ったことに対して自分自身がイライラしたりするのは、自分の思っている言い方でなかったりして、自分の枠の中から外れてるってことは、相手を自分の物差しで見てるということになるってことも教えてくれたし、お互いに自分の感覚でものを言うことで、そこにはズレが出てきて、揉める原因になるということも教えてくれた。

 

由(ゆかり)ちゃんが「自分を振り返ったときに、お母さんのことをあの人って言ってたんやから、人のことは言えない」っていうのを云ってくれたときに、お母さんにイライラしたりしてるけれど、自分も同じことをしていて、言える立場ではないって気付いた。

 

わたしはお母さんに褒めて欲しいとかそういうことを思ったりしていたけれど、それを由(ゆかり)ちゃんが、その人の本当の本質をちゃんと視れているかどうかって言うことを云ってくれた。褒めたりすることはなくても、厳しさの中にも何とかしようと思っているから、出来なくても何回でも言い続けてくれるし、そこには愛情があるからということも教えてくれた。

 

たしかに、由(ゆかり)ちゃんや福(ふく)ちゃんと揉めることがあるし、わたしが同じことを何回も失敗したりしても、何回でも言い続けてくれる。それは、並大抵なことではなくて、何回も言い続けてくれることは根気がいることで、甘やかしたりしないのも愛情で、わたしが直ぐに甘い緩い方に流されるって解ってるから、厳しくしてくれる。それは、お母さんも一緒なんやって言うことも教えてくれた。

 

わたしは、表面的なことしか見てなくて、ゆかりちゃんが云ってくれてる本当の本質というものを視てなかった。そこも間違っていたし、自分が相手のことを自分の物差しで見ていたことも間違っていた。

 

本当に何が大事で、何が間違ってるのかをちゃんと正していけるようにする。

ブログに夕方、お母さんとの夕方の出来事。

 

お母さんがわたしに「自分の部屋の裏のところの草抜きぐらいしなさい」って感じのことを言ったから、一変には出来ないから、数日前から少しずつ抜いていた。そのことを伝えると、「今日の朝、見たら全然出来てなかった」って言ってた。

 

このブログを書いた後に、由(ゆかり)ちゃんと話をして、お母さんは相手の物差しで見てるけれど、わたしも自分の物差しで相手のことを見てるっていうことを教えてくれた。

 

わたしは、草抜きをするときに「思わないようにしよう」って思いながら、草抜きをしていたけれど、それは思わないようにしようと言うことに蓋をして、気持ちを切り替えてる訳ではないっていうことを云ってくれた。それは、蓋をしているだけで、潜在意識に残り、蓄積されていってるだけだと言うことを云ってくれた。

 

ここで、由(ゆかり)ちゃんは、相手と揉めないためにはどうすればいいかということを教えてくれた。

 

まず、1つめは、

(お母さん)「自分の部屋の裏のところの草抜きぐらいしなさい」

                   ↓

(わたし)「うん。わかった。〇〇までにするよ」

 

その場で、言うってことと、先に先手を打って「〇〇までに〇〇をするよ」ということを先に言うっていうことを教えてくれた。それを言うことで、出来てなかった時に言われることはあっても、先に言っておけば、言われることはないという事だった。

 

2つめは、気持ちを切り替えて遣るということを教えてくれた。イヤなことを遣る時には、楽しみながら遣るということを云ってくれた。例えば、好きな音楽を聴きながら遣るっていうことをしていたら、そのことは忘れるし、楽しみながら出来るということだ。

 

思わないことと気持ちを切り替えるというのとは違うということも教えてくれた。お母さんに言われたこととか、その時のことを思いながら遣ってると、ネガティブなものにしかならないし、ちゃんと遣るって言うことが出来ないということだった。

 

自分自身がお母さんに対して「お母さんの言ったことが納得できない」「お母さんがこう言った」「こんな言い方をしなくてもいいのに」って言うのは、自分自身も自分の物差しで相手を見てることになることを教えてくれた。

 

自分自身がその時に書いたブログと、由(ゆかり)ちゃんに話を聴いたあとでは、全然違う考え方や見方をすることが出来ることが解ったし、それを実践していくようにする。