昨日は、南房総の海で一日を過してきました。
初めて訪れた場所でしたが、写真のように穏やかな海が広がり、
とても静かなよいところでした。
刻々と変わる空と海を眺めながら、
シンプルに炭火で焼いたお魚やお野菜をいただくとても贅沢な時間♪
豊かってこういうことなんだろうなー、と体感させていただいたひとときでした。
さて、前回、10月20日(月)にお届けしたブログでは、
「壁にぶつかることがなくてラッキー?」
についてお伝えしました。
今日は、そこから生まれてくるかもしれない疑問・・
では、「いつになったら平安は訪れるの?」
について、お話したいと思います。
今、このブログを読んでくださっているあなたにとって、
「平安」とは、どういうイメージでしょうか?
「平安」とは、どういうイメージでしょうか?
もし、あなたが、平穏無事ですべては予測の範囲内、
波風たたない状況がずっと続くことを
波風たたない状況がずっと続くことを
”平安”とイメージしている
のだとし・た・ら。
のだとし・た・ら。
単刀直入に、結論からお伝えすると・・・
”平安”が訪れる日はくることはありません。
えーーーー! どういうこと?
次々に起こるさまざまな出来事にひとつひとつ向き合い、
それを自己成長につなげるよう丁寧に取り組むことを続けていっても、
平安が訪れることはないですってーーー!!
あなたの叫び声が、時空を超えて私のところまで聞こえてきそうです(笑)
そんなぁ・・って、思いますよね(^^)
大丈夫、安心してください。
確かに、上記のようなイメージでの”平安”、つまり、
事象として起こる出来事が”平安”な状態ばかりになるということはないですが、
一体、どういうことかって?
はい、もう少し詳しく説明させてください♪
以前にもお伝えしたとおり、
そもそも、魂が肉体を宿ってこの世界にやってきている理由は、
さまざまな感情を含む数多くの経験をするため、といわれていますから、
もともと、織り込み済みのことだったりします。
そして、そのときどきに感じる感情を、”お知らせ”としてしっかり受けとることで、
人は、自分を制限している観念に気付くことができ、
そこから、その観念を、
そこから、その観念を、
自らを勇気づけるような信念に書き換えることを選択することができる・・
そうすることによって、
”より自由に””軽やかに”なっていくことができるのですね。
”より自由に””軽やかに”なっていくことができるのですね。
ですから、そのように大切な”お知らせ”である感情を沸き起こすような事象が、
もし、まったく起こらなくなってしっまたら・・・?
そう、自分を制限している観念に気づいて、”より自由に””軽やかに”
自らにとっての幸せな人生を築いていくチャンスを、逃してしまう
ことになります。
ことになります。
もともとの魂の目的からいっても、
というのでは、
いったい何のために、肉体を宿ってこの世界に生まれてきたのか
いったい何のために、肉体を宿ってこの世界に生まれてきたのか
わからなくなってしまいますね。
つまり、あなたの心(感情)を揺さぶるさまざまな事象が起きるのは、
ごく自然なことであり、魂が自らの成長のためにそれを続けるのも
当然しごくのこと・・
ごく自然なことであり、魂が自らの成長のためにそれを続けるのも
当然しごくのこと・・
魂が、今生での学びはもう十分、あとはまた次の機会に!と幕を降ろすのは、
寿命がつきることを意味しますから、私たちが生きている限り、
何事も予測の範囲内、すべては平穏無事で波風たたない状況がずっと続く、
ということはあり得ないのです。
常に、未知の出来事は起こってくるし、状況は変化し続ける・・
そうであるな・ら・ば。
それに対して、嫌な感じを持ったり、なんとか変化が起こらないよう
(現状のまま留めておけるよう)抵抗したりするのは、
余計なエネルギーを使うだけ=自分を苦しめるだけ、
(現状のまま留めておけるよう)抵抗したりするのは、
余計なエネルギーを使うだけ=自分を苦しめるだけ、
だと思いませんか?
そう、常に変化は訪れる…
未知の出来事に遭遇し、不安や恐れを感じることは、
これから先も普通に起こることなのだな、と、
受け入れてしまう方が、気持ちが楽ではないでしょうか。
先日、知人の社長さんが、最近の若手社員は、”現状のままがいい”と、
今以上の成長や変化を望まない人も多いんだよ、とおっしゃっていました。
だから、新たなことを学びたい、新たなことにチャレンジしたい、
という意欲をあまりみせない、と。
その話の中で、私たちが声をそろえてつぶやいたのは、
”現状のまま”を維持したいのだったら、そのために、
自分が変化し続ける必要があるんだけどねー(笑)ということ。
そう、今、これを読んでくださっているあなたも薄々(いや、はっきり?)感づいていたとおり(^^*)、
周囲の状況が変化していくのか、自分が変化し続けるのか、
いずれにしても、
私たちは、「変化」すること と無縁ではいられないのです。
私たちは、「変化」すること と無縁ではいられないのです。
「変化」こそ自然、
何事も、「変化」し続けることが当たり前!
何事も、「変化」し続けることが当たり前!
・・・ということは、不安や怖れを感じるのも、ごく自然なこと、
ということですね。
だから、不安や怖れを感じること自体を、
あってはならないことのように敵視することはないのです。
あってはならないことのように敵視することはないのです。
それは、OKなんですよ~~
そこは、自分に優しくしてあげましょうね♪(笑)
ただ、
不安や怖れは、実は自分がつくりあげているものである、
ということは、頭のどこか片隅に置いておいた方がいいかもしれません。
不安や怖れは、実は自分がつくりあげているものである、
ということは、頭のどこか片隅に置いておいた方がいいかもしれません。
自分でつくりあげているものだったら、
自分でそれをなくすこともできますよね?
自分でそれをなくすこともできますよね?
え~~? どうやって??
その秘訣は・・・
逃げずによく観ること。
怖いからみたくない!と目をつぶるのではなく、しっかりと目を見開いて観る。
すると、
何故、どこに、自分が不安や怖れを感じているのか?
がわかってきます。
何故、どこに、自分が不安や怖れを感じているのか?
がわかってきます。
そう、感情は、私たちが普段気付いていないことに気付かせてくれるきっかけ、
有り難~い「お知らせ」なのでしたよね?
気付くことができれば、対処することができます。
私が大好きな映画のひとつに、
「ファインディング・ジョー『英雄の法則』」という映画があるのですが、
数多くのメッセージが伝えられる中で、とても印象に残っている言葉があります。
それは・・ ”courage gym(カレッジ・ジム)” という言葉。
文字通り、勇気を鍛えるジム、というような意味なのですが、
怖れや不安が襲ってくるのは自然なことでOK、
その都度、勇気を出してそれを超えれば、
その都度、勇気を出してそれを超えれば、
自分が心地よくいられる範囲が広がるよ、
それを繰り返していくことで、どんどん、
それを繰り返していくことで、どんどん、
自分が心地よくいられる範囲が増えるんだ、
とその言葉を発した男性は語っていました。
とその言葉を発した男性は語っていました。
そう、それこそが、”変化が常”の日常において、
私たちの心に平安をもたらす最善の方法なのです(^0^)
毎日が、courage gym(カレッジ・ジム)♪
そう思ったら、ちょっと楽しくなりませんか?
筋力は鍛えれば必ず強くなります。
courage gym(カレッジ・ジム)で鍛えて、
より自由に、のびのびと♪
自分自身の中心(センター)、内なる声に従って、
ワクワクする未来を創っていきたいですね!
次回は、
「ワクワク感は育てて広げる!」
について、お話したいと思います。
今日も、何か少しでもお役に立つ内容をお届けできましたでしょうか?
このあとも心地よい気分でお過ごしになれますように☆



