なっちゃったものは治すしかないよね。55才で気付いた乳がんの記録。 -25ページ目

なっちゃったものは治すしかないよね。55才で気付いた乳がんの記録。

ガン発見時55才
手術2019/5/17
■わたしのガンのタイプ
ルミナルB
グレード1
エストロゲン受容体 陽性
プロゲステロン受容体 陽性
HER2 陰性
Ki67 50~60%
断端 陰性
センチネルリンパ節 転移なし
治療はホルモン療法と放射線治療
化学療法は不要

すみわたる青空だった9日の午前
父は眠るように息を引き取りました。

娘たち四人と手を繋ぎながら
ほんとに眠るように。




このまま帰れないなんて思わなかったから
病院にいくその日の朝も前の日の夜も
普通にお粥のご飯で
憎まれ口を叩く父に若干イラついて
くちごたえをしたりして

もっと優しくしてあげればよかった
もっと工夫してご飯作ればよかった
後悔ばかりです。

私の精密検査を予約した8日は
容態によってはキャンセルするつもりだった。
看護師さんのお話では
今、急変してもおかしくないと
数日前から言われていたの。

8日の朝、血圧が下がり始め
血圧を上げる薬を使ったことをあとから聞いた。
言ったら、お姉ちゃんは検査に行かない
と思って言わなかったんだって。

妹たちも、お姉ちゃんが来るまで頑張って!と
祈るように父に頼んでいたみたい。

検査のあと病室に行くと
もうろうとしながらも私を認めてくれて
手をぎゅって握ってくれた気がする。

とてもとても安らかな顔をしてました。

お父さん
たくさんたくさんありがとう。
生まれ変わっても、また家族になりたいよ。



14日通夜、15日告別式。
近親者のみで送りました。



今頃、
天国で母と仲良くおしゃべりしてるかな。

このタイミングでの父の入院と別れは
メッセージなのかもしれないな。
そう思えてなりません。

守ってくれてありがとう。