9月にしばらくお休みさせて頂きますとお伝えしてからもう四ヶ月以上も経ってしまいましたねm(_ _)m
その間、体調を気遣うメッセージや、
復帰を望んで下さる応援のメッセージ、
お手紙、
店内で励ましのポスターを展示してくださったホール様、
寄せ書きなどを編集部に送ってくださったりと、その他にも沢山の励ましを本当にありがとうございます。
11月末に発売されたパチンコウォーカーのギンダマンのコーナーを読んでくださった方ならお気付きかと思いますが、
私はパチンコウォーカーを卒業させて頂きました。
まず、これ以上心配をおかけしない様に最初にお伝えしますが、
今回卒業の原因となった体調不良に関しては時間とともに必ず良くなる事が分かっているので、
その辺は心配しないでくださいね。
お休みを頂いてから四ヶ月以上が経ち、
まだ来年もしばらく通院予定ではありますがおかげさまで一時期よりも体調は大分良くなりました。
ありがとうございます。
しかし、まだ1~2年の間はギンダマンを続けていく中でまた突然お休みをする事になりそうな可能性が高い状況で、
何度も関係者の皆様に迷惑をかけるわけにはいきません。
どうしようもなく、この様な結果に至りましたm(_ _)m
そして私自身としては今回の原因が何よりも自己管理の至らなさと自覚しているので、
それが原因であまりにも沢山の方にご心配やご迷惑をおかけしてしまった手前、
皆様にお伝えするにしてもどんな言葉で伝えるべきかと本当に悩みました。
しかし気付けばもう2015年もおしまいで、せめて年が変わる前には、今まで応援してくださった皆様に何か伝えなくてはと。
思い出を振り返りながら、最後のブログを更新していきたいと思います。
毎週、毎月、色んなホールさんへおじゃまし、
沢山の方と出会い、
そんな日々を約四年程過ごしたでしょうか……
約四ヶ月前の9月5日にナカタマさんにおじゃました時に、
(来月の5日でギンダピンク実戦取材四年目だなぁ~)と思っていた矢先でした。
思い返せば初めてPWに登場したのはギンダピンクとしてではなく、
ライターの卵としてモノクロコーナーの隅っこにひょこっとでした。
当時パチンコの収支で生活していた私はPWのライター募集の記事を読んで、
「私もライターやってみたいな~」と思い、
原稿を書いていざ編集部へ…
「まずはお試しで2~3ヶ月、少しだけやってみましょうか?」
と言う編集部さん。(後の担当編集部のK氏)
初めて編集部に足を運んだ時のあの緊張は今も忘れません……^^;
それと同時に、初めて自分の書いたコラムが載ったPWが発売された時の嬉しさも忘れられません(*^_^*)
しばらくはとにかく張り切って楽しくやってたのですが、
途中からありがたい事に1Pまるまるっとスペースを頂けるようになると、
今までのように「パチンコホールでのあるあるネタ」だけではコーナーは完成しないので、
毎月新しいネタを探していくのに苦労した辛さも忘れられません_| ̄|○(笑)。
毎月新しい物を作っていく事、
そしてそれを継続していく事、
パチンコに限らずですが今まで何気なく読んでいた雑誌や観ていたテレビ番組も、
裏側で沢山の方の努力やアイディアがあってこそなのだと気付きました。
編集部の皆様、そして四年以上毎月毎月一緒にネタを考えてくださった担当の編集部Kさん、
本当にありがとうございました!
そしてギンダピンクの活動もスタートしたわけですが、
初めてオファーを頂いた時はギンダピンクという名前ではなかったんですよね。
今なお伝説として語り継がれている初代ギンダマン、
その女性バージョンとして誕生したのが「ギンダマンレディー」。
コラムデビューを果たした私は、
この勢いで実戦取材デビューも出来たらいいなとワクワクしていたのでこのオファーが来た時は、
(ようやく私も実戦取材デビュー出来る…!!!)
と有頂天でした。
そして実戦取材前に打ち合わせで編集部におじゃますると、
用意されていたのは何やらどぎついショッキングピンク色の戦隊ヒーローのコスチューム。
もちろん事前にギンダマンの女性バージョンとは聞いていたので覚悟はしていたのですが、
初めて衣装見た時はちょっとビックリでした(笑)。
まさかこのデーハーな衣装と四年近くも一緒に過ごす事になるとは思いもしませんでした。
そして初めての取材ホールは実は長野県のホールさんだったんですよ~!
初めてのギンダマンレディー衣装、
そしてこの衣装を着用して初めての朝の並び……
どう考えても強烈な第一印象ですから、
そんなのがお客様が普段から通われているホールに突然出現する訳ですから、
ここは恥ずかしがってる場合じゃないぞと……
緊張と不安と恥ずかしさを何とか乗り越え、
初めての実戦取材を無事終えたあの日の事を本当に鮮明に覚えています(^_^;)
こんな奇抜な衣装を着て実戦取材……最初はどうなるかと思いましたが、
だからこそホールで出会うお客様が「あんた何者?!」と興味を持って声をかけてくださったり、
仲良くしてくださったり、
皆様と交流する為のキッカケとして、本当に最強の最初の一歩になってくれたのではと思います。
最初は顔出しもNGでしたので、ライターデビューとしてはちょっと悔しい気持ちも正直ありましたが、
ギンダピンクというキャラクターが沢山の方との出会いのキッカケになってくれて、
本当に良かったと今は思います。
そして実戦取材では本当~~~~~~~~~~~~~~~~~~に、
沢山の方と出会いました!
書ききれないくらいの思い出が、い~~~~~~~~~っぱいです(笑)(^O^)!
取材先のホールで偶然出会ったのがキッカケで、
その後の実戦取材にも応援に駆けつけてくださった方もいらっしゃれば、
アイドル時代からずっと応援してくださっていた方、
雑誌を読んでギンダマンの存在を知り、その後取材に遊びに来てくださった方、
ブログを読んで知ってくださった方、
実はコラムの連載がスタートした時からずっと応援してくださっていた方、
中にはお友達の常連さんから話を聞いて「一度会ってみたかったー!」なんて声をかけてくださった方もいらっしゃったり、
本当に沢山の、色んな方との出会いがありました(*^^*)
実戦取材は何度も同じホールさんにおじゃまする事も多かった事もあり、
何度かお伺いするうちに常連さんやスタッフさんにも覚えて頂き仲良くしてくださったり、
取材もほぼ半日まるまるっと店内で過ごしていたので、
本当に一回一回が濃かったなぁと、よく思い出しています。
そして現在の球世主ギンダマンへと進化していくまで、
一緒に活動してきたメンバーのみんな、
本当にありがとう!
みんなで千葉県へ遠征したりダンスの練習をしたり、
本当に今までのメンバー、一人一人みんな優しくて、おかげで集まった時はいつも雰囲気よく楽しく過ごしていたなと思います。
最後の方はすでに決まっていた9月の取材スケジュールに私がいけなくなった時、
メンバーのみんなが、
「なっちゃん体調悪いなら私行きますよ!」と快く引き受けてくれた事を後から聞き、
みんなもそれぞれの活動がある中で、もしかしたら一週間ぶりのオフの日だったかもしれないし、
とにかく無理をしてくださっただろうと思うと本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
「人に優しくされた時、自分の小ささを知りました」
と、歌の歌詞でありますが本当にひしひしとそう感じました。
私は卒業ですが、これからも球世主ギンダマンはもちろん続いていきます。
ホールで彼女(時々リーダーのレッドも)達に出会った時は一緒に楽しい時間を過ごしてください(^ ^)
私もみんなのご活躍をこれからも心から応援しています!
何度も何度も応援に駆けつけてくれたリトルヒーローズのみんな、
支えてくださったディレクターさん、
そして取材先での沢山の一期一会、
全部忘れません。
これからも会える事を楽しみにしてくださっていたファンの皆様には、
こんな急な卒業になってしまい本当に申し訳なく、直接伝えられず本当に本当にごめんなさい。
そして、沢山の思い出をありがとう(*^^*)
私はギンダピンクをさせて頂けて本当に良かったです!
きっと10年後、20年後、何年経っても「あの時楽しかったなぁ」と思うのだと思います。
それは皆様のおかげです。
沢山の思い出を本当に、本当に、ありがとうございます(*^_^*)
正直今はまだ今回の事でガラッと変わってしまった日常や現在の状況、
思い描いていた様な理想の未来はもう叶わない事、
色々な事実をまだ受け止め切れず、
気持ちの整理がつかない部分もあり、
毎日色んな気持ちと戦っているところです。
ゆっくりと、体調や環境を整えて、それが1年後か2年後かは分かりませんが、
また新たな場所で頑張っていこうと思います。
私もどこかできっと頑張ってますので、
皆様もどうかお元気で、
これからも(^ ^)☆
さよならは寂しくて辛いです、
大分長文になってしまいましたね^^;
でも、そろそろここら辺で締めくくりましょう!
それでは皆さん、良いお年を!
本当に本当に、ありがとうございました(*^_^*)
完!!!
「夏圭のはぴパチ」 by.夏圭
2015.12.31
