それは、パニック障害と診断(2019年7月)されてから1年半くらいが経った、2021年1月のこと。ついに長年勤めていた子ども園を退職し、レジ打ちのパートのおばちゃんとなり、週に2日とか3日働くようになっていた。今までよりもかなり沢山の時間ができたので、空いた時間は好きな事に時間を使っていた。
好きな友達とカフェにも行ったし、大好きな多肉植物のお世話や、販売活動もしていた。夜も多肉植物用の鉢をリメイクすることに夢中になった。
その時はまだ一緒に暮らしていた当時の旦那は、そんな私の姿がだんだん許せなくなってきたのだろう。私自身も彼に甘えることもなく、頼ることもなく、一緒に何かを楽しむことも無くなっていた。まぁ、元々何かを二人で楽しむとか、会話が盛り上がるとか、そういうことも少なかったんだけれども。(何故結婚したんだ?笑)
そんなこんなで、いよいよお金が厳しくなってきたのか?
と言っても、私は自分で稼いだお金で遊んでたし、子供に必要なものも買っていた。
保険や携帯代は払ってもらっていたけどね・・・。
彼は彼で、タバコは吸うし、コンビニで毎日のように缶ビールを買ってくる。コンビニでね。いらないって言った電化製品にも3万ほどかけていた。
簡単に料理ができるという、家電。
それでカレーを作ると言い、スパイスやらを買い集め出した。
言ってしまえば二人ともかなりの浪費家。
そして家のローンはあるし、奨学金の返済はまだまだ続くらしいし、学費保険もあるし。
金銭面の心配が大きくなったんだろう。
ある日突然、私が休みの日に「もっと働けないの?」と急に言われた。
「はい?」
働けないから仕事辞めたし、パート先は冬の勤務日数は少ないって元々伝えてあったし、春からは掛け持ちで別のバイトもする。
こっちだって、できることでやっていこうとしているのよ。
なんなの。とまあ、私もかなりカチンときてしまったので、言い返す。
そしたら、
「あーもういいや、終わり」
だって。
いやいやいや。
何が終わりなの?何か解決した?
なんなん。
こうであろう彼の想いしか分からないくらい、自分の気持ちを話さない。
そっから私たち夫婦の関係は、音をたてながら崩れ落ちていった。
その後長い長い、バトルの末別居、離婚へと進むわけですが・・・。
「職場であんな風になってるのを見るのも嫌だった。」
「俺はどうせ病気のことなんか理解できねーんだよ」
「そうゆーやつなんだよ」
「働けないのなんて言いたことなんて覚えてない」
「そんな話今関係ない、なんでまたその話なの?」
え?
え?
え?
え?
え?
えええええ?????
私にっとてのきっかけは、「もっと働けないの?」という心無い一言であり、それを解決もしようとしなかった事に対しての怒りの感情なのに、それを解決しようとせず、それは離婚の話と関係ないと言い張る。
その一言があった2021年1月から2ヶ月後、ついに離婚という言葉が出たのである。
ここに書いた、「もっと働けないの?」以外の言葉たちは、喧嘩が始まってから出てきた彼からの言葉たち。
その話はまた今度。