いつも『宇宙犬マチ』を
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カッピー
『宇宙犬マチ』 第11回
Ⅷ 災い ヒロキ
しかし、幸せな時は続かなかった。このタイミングで、いきなり大きな災いが降ってきた。さらに感染力が強大で、致死率が高い以前とは全く異なる新型ウイルスが欧州から発生して、あっという間に世界のあちこちに感染が拡大し、死者が一気に増加していった。世界中の研究者が集結し血まなこになって、治療薬とワクチンの開発を急いだが、なぜか意志が高まらず思うように進まない。同時に、感染者の中の重症者が爆発的に増え、地球の隅々までパンデミックに陥った。そして、どの国でも患者が溢れ、医療機関がパニックになっていった。
大学病院に勤めるリサもこのウイルス患者の対応に追われ、自宅に戻れない状態となった。病院に缶詰になって、ウイルス患者の対応を指揮している。僕の不安は日に日に高まっていく。ついこの前まで、安堵の雰囲気が心を占めていたので、なおさらであった。マチは、当初リサが帰ってこない事を不思議そうに思っているようで、夜になると玄関あたりの音を聞きつけると、タタタタタと何度もドアの所へ行って、クゥーン、クゥーンと喋るようになっていた。
僕も以前は、ほぼ毎日のように打ち合わせとか会食とかに出かけていたが、近所に買い物に出かけるだけで、感染予防の意味もあり、ほとんど自宅にいて、オンラインで仕事をこなす日々となってしまった。ほとんどの人が外に出ず、職場にも行かずに、自宅にこもり仕事をこなす、そんなライフスタイルがいやおうなしに定着した。マチは、リサに会えないことは寂しく思っているようだが、僕がずっと家にいるので、甘えることが多くなった。そして僕の見えるところで安心して寝ることも……。「マチ、これから世界はどうなるんだろう? せっかく良い方向に進んでいたのに」と、彼に声を掛ける。その時、マチは何度も首を左右に傾げながら、私に何かを訴えるように喋り続けた。
一週間ほどして、リサが帰って来た。明らかに疲労が顔に出ていて、いつもツルッとした感じだった肌はガサガサになり、目の下に明らかにクマができている。帰ってくる時はいつもきちっとしていた髪もボサボサな状態だった。
「とにかく毎日が闘いなの。せっかく世界中から諍いがなくなりそうなのに、今度は凶悪なウイルスとの戦いの日々となってしまったわ。私の病院も野戦病院みたいで、入りきらないほどの重症患者が運ばれてくる。もう限界。どうしようもないの……」と、いままで聞いたことのない愚痴を帰ってくるなり口にして、僕を遠ざけた。マチも彼女の顔を舐めようと飛びついたが、拒否された。
「ごめんなさい。一応検査をして陰性なんだけど、百パーセントじゃないの。家でもマスクをしてほしい。そして、私は寝室で過ごすわ。本当はマチを思いっきり抱きしめたい。もちろんあなたも……」と、続けながら、とても悲しい表情となった。「ごめんなさい。少し眠らせてもらうね。早くマスクをしてね。絶対よ……」と言って、シャワーを浴びて、風呂に入り、その場を消毒した後に、寝室に入っていった。寝る時間さえ満足になかったのだろう。
僕はマチと顔を見合わせて、「せっかく帰ってきたのに、残念だね。身体は大丈夫かなぁ。いまの彼女には休息が一番だね」と言いながら、マチを抱きしめた。マチは、寂しそうな声を出し、仕方なさそうに、僕の顔を三度だけ舐めた。
その夜は、デリバリーと共に僕が簡単な料理とは言えないものを少し作り、リサが起きてくるのを待つことにした。起きてきた彼女の表情には、安堵の気持ちがうかがえた。久しぶりの皆揃っての食卓だったが、テーブルの端と端のイスに座り距離を取っての食事だった。でも僕は嬉しかった。マチはずっとリサの足元にいて彼女の足にじゃれついて、何度も飛びつこうとしたり、食べているものをおねだりして、嬉しそうにシッポを振り続けていた。リサの顔色は少し赤みをおびていて、元気が出てきたように見えたので少しだけ安心した。
「とにかく、人手も足りないし、ベッド数も、医療機器も全く足りていない。感染患者は爆発的に増えていくし、死者も増えていく。自宅に帰ることができない医師や看護師が大半なのよ。一日でも特効薬が見つからないと、大変な事になるし、みんな倒れてしまうことになりそう……」。医療機関は相当過酷な環境となっているのはニュースでも毎日やっていたが、現場は報道をはるかに超えているようだ。
僕は、彼女の身体を心配した。しかし、彼女はとにかく使命感の強い人であり、“仕事に戻らないでほしい”とは口にすることはできなかった。
とにかくあまり会話がウイルスのことに向かないように、自分が今やっていること、不在の間の日々の生活、マチのこと……といったたわいのないものを持ち出しようにしていた。「マチは今日は元気だけど、最近は毎日寝ていることが多いんだよ。相変わらずよく喋るし、訳の分からない寝言もいっぱいさ。でも、君がいないから寂しそうだよ」と。
リサは優しい顔になって「マチありがとう。心配しないでね。きっともう少ししたら落ち着くから。またみんなで旅行に行こうね。それまで、おとうさんのことをよろしくね!」と言い、マチの頭を何度も何度も撫でた。
マチはしっかりお座りをして、何かをしきりに喋っていた。クゥーン、クゥーンと。リサは酒が強く、とても好きなのだが、この日は赤ワインをグラス一杯飲んだだけで、顔がまっ赤になり、それ以上飲まなかった。疲れもあるだろうが、体調も悪い気配がして、不安が胸いっぱいに広がったが、できるだけ明るく振舞うようにしていた。
この夜、リサは十一時過ぎに再びベッドに入って、寝息を立て始めた。僕はソファーに横になり、そのままウトウトしていたが、マチがよじ登ってきて、ペロペロ顔を舐めてきたので、歯だけ磨いてから、書斎に行き簡易ベッドにもぐり込んだ。マチも一緒に着いてきて、僕の足元に横になった。それを確認すると、あっという間に暗闇が訪れた。
十六 崩壊 マチ
しかし、そんな時はもろくも崩れ去った。
欲望をコントロールすることで諍いはなくなっていったが、人類は進歩することも諦めるようになっていった。経済は停滞し、学校に行かず、仕事をせずにダラダラと過ごす人が急速に増えていった。そんな中に、新しく強力な殺人ウイルスが発生したんだ。
今までのウイルスとは、ワクチンと特効薬によりいまく共存を図れるようになってきた。しかしこの凶悪なウイルスに対しては、性急に対応できる人があまりに少なくなってしまっていて、強い感染力と共に命を落とす人が増大した。
とにかくウイルスの勢いが強く早い。それに対応し、対策を先導できるのは、例の超高調波によって考えが変わらなかった人たちだけであった。
対応が後手後手になり、医療現場がパニック状態になっていった。もう人の手では手の打ちようがないことは明らかだった。
僕は、焦った。せっかく地球を守り、人が存続できるために、二年以上を費やし、ここまで来たのに……。
ついに、身近にも危険が迫ってきた。僕たちは、パニックになりかけた。なんとかこの新しいウイルスをくい止めるワクチンを見出し、拡大を抑えなければならない。このままでは、おかあさんもおとうさんも倒れ、人類も滅亡してしまう。
何のために調査に来て、必死の対策と研究を二年間も行ってきたのか? 地球の残っている仲間と共に、緊急の対策を探った。一度病院から帰ってきたおかあさんのマスクにウイルスの一部が付着していたので、すぐに分析をして、理論的に立ち向かえるワクチンの構造を見出す行為に明け暮れる日々となった。
(以降、1月21日掲載予定の第12回に続く)