おはようございます!
『宇宙犬マチ』第4回をアップします。
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カッピー
『宇宙犬マチ』 第4回
Ⅳ 後日 ヒロキ
二回も手術をして、生死をさ迷ったにもかかわらず、マチはハッピーが亡くなってからも、割りと普通にひょうひょうと日々を過ごしていた。僕はできるだけマチとの時間を大切にしたいと思うようになった。あんなに元気だったハッピーが急に天に召されて、あっという間に虹の橋のたもとまで旅立ってしまった。生活の中で何かハッピーの死を連想することがあると、いきなり涙が出てしまうこともしばしばであった。そんな時は、何度もマチが慰めてくれた。
僕たちはできるだけ、マチと一緒に出掛けるようにした。公園にもランチにも。マチは臆病だったので、犬は苦手だったが、出かけるのは大好きで、朝晩には雨の日以外は、欠かさず散歩に出かけていた。それが僕の役目であり、マチの体調や気持ちを見るのにも役立つものであった。
五 選択 マチ
僕たちが犬に入り込み、宇宙犬となったのは、
何か大きな理由があるに違いない。
単に入りやすかっただけではないはずだ。
常に人の近くにいれるのもひとつの理由だろう。
人の行動を詳しく知ることができるのも理由だろう。
でも、それだけではなさそうだ。
そんなことを考えつつ、今夜の情報収集は終了した。
おとうさんはまだ、ベッドの中で寝息を立てている。
僕もなんだか疲れてしまった。
触手をひっこめて、パソコンを消す。
辺りには雨の音がする。夜の雨音はなぜか懐かしい記憶だ。
さあ、おとうさんのベッドによじ登り、
おとうさんの隣で寝よう。
至福の時がやってきた。
寝ている時、夢を観る。
人にとっては当たり前のことらしいけど、
僕らにはわからないものの一つ。
地球に来て、宇宙犬になって初めて観るようになった。
夢の中では、僕は地球の普通の犬。
同じヨークシャーテリアという犬種。
おとうさんと車に乗ったり、公園に行ったり、
おいしいおやつをもらって、シッポを振って喜んだり。
おかあさんに甘えたり、へそ天になって、
お腹をナデナデしてもらって、気持ちよくなったり……
人は怖い夢や辛い夢、信じられない空想の夢なんかも観るらしい。
それは、前世の影響とか言われるけど、
僕はなぜか嬉しかったり、楽しかったり、幸せな夢ばかり。
なぜなんだろう?
この日も夢を観た。
車に乗って、おかあさんとおとうさんと出かける夢だ。
涼しくて自然がいっぱいの所にコテージがあって、
そこにみんなで泊まる。
とっても広い部屋。家族水入らずで、ゆっくりと過ごす。
散歩に行ったり、お昼寝をしたり。なんてステキな時なんだろう。
今日だけは僕にも特別においしいものが、いっぱい。
犬連れの人たちばかりで、僕は少し緊張する。
時には吠えてしまって、注意される。
その時にある意識を頭の中に感じた。ここにも宇宙犬がいる。
しかも、僕たちとは違い強い悪意を持った種。
なんで、こんな所に?
僕はバギーに乗っけられたまま、精神を研ぎ澄ます。
入ってきたファミリーの犬から意識が聞こえる。小さなチワワだ。
相手も気づいたようだ。チワワの眼が急に鋭く僕を見る。
僕は注意をするように、おとうさんに向かって吠える。
「マチ、大丈夫だよ」とおとうさんは言って、頭を撫でてくれる。
僕もチワワを睨み強い念動を送る。
そうしたら、チワワはキャンと小さく吠えて、
大人しくなってしまった。
彼らのような悪意を持った種に地球を渡すわけにはいかない。
僕は安心して、おとうさんとおかあさんを見る。
その時、僕用のデザートが出てきた。おいしそう!
さあ、食べよう、と口を近づけたところで目が覚めた。
こんな幸せな夢を何度も観た(その後、現実になったんだ!)。
嬉しいような、惜しいような、なんともいえない感覚。
地球に来て、知って学んだ感情。
早朝に目覚めて、おとうさんの顔の所に行き、ペロッとひと舐め。
おとうさんは眠そうに眼を半開きにして、
手を伸ばし、僕の頭に触れる。
「マチ、どうした? まだ早いよ。もう少し寝よう」。
頭を優しく撫でてくれる。
僕はお尻をおとうさんにくっつけて、横になる。
幸せな気分で、また眠りについた。
僕の日課は朝の散歩から始まる。
たいていは僕の方が早く起きて、おとうさんを起こす。
大雨や雪の時以外は、毎朝ご飯前の十五分くらいの散歩。
僕が、この家に来てからずっとの日課。
地球の、ここ日本と呼ばれる国は、
四季というものがあって、毎日の散歩は飽きることはない。
いろんな匂いがして、頭と感覚を刺激してくれる。
夕方か夜も同じように散歩に出る。やっぱり十五分くらい。
朝とは違う匂いがする。毎日違うんだ!
だから散歩は大好き!
例えば玄関のラベンダーの匂いや、
春の梅やバラ、そして秋のキンモクセイ……
まぁ時々、散歩中には別の犬に吠えられたりするけどね。
僕は地球が大好き好きになってしまった。
もう何百年も生きてきて、いろんな星を巡ってきたけど、
こんな気持ちは初めて。
いま悩んでいて、調査にも困っている。
どうも、各国にいる仲間も同じみたい。
“どうしたらいい? どうしたらいい?”
僕たちは地球を失くすために来たようなもの。
ジレンマの毎日だよ。
地球に来て五年近くの時が経った。
あと七日間で最終の報告を宇宙司令に送らなければならない。
仲間からの報告も、ほぼ出揃った。
他国とばかりではなく、同じ国内での諍い、
人種差別、国や個人の利権のための戦争。
AIによる殺戮兵器。富を得るための殺人。
弱者、貧困者へのいじめ。
名を明かさない者の誹謗中傷による自殺。
性別や人種による差別や偏見。
自然破壊。新型ウイルスの発生と感染拡大。
などなど、ひどい報告ばかり。
ほぼすべてが人間の欲望と利権がからんでいる。
もちろん人間同士の助け合い、動物への愛、絆、慈悲といった、
僕たちが、たぶん過去になくしてしまった素晴らしい感情を
たくさん持っていることもわかっている。
ほとんどの仲間は否定的なレポートを上げてきた。
このままでは地球は宇宙の悪となってしまう。
選択は二つしかない。
短期で修正をかけられる可能性を見出すか、
いつものように消してしまうか。
しかし、ほとんどの仲間は状況の悪い報告をしながら、
自らの結論を出せずにいた。
自分たちの置かれている環境を考えると、
無情な結論は出せないのだ。
地球は膨大な種の意思を持ち、
人間は多様であまりに複雑な感情を持っている。
でも修正は難しいだろうというのが、一致した意見だった。
僕は困った。
そして、もうしばらくしたら……
僕もこの地球を離れなければならない。
(以降、23日掲載予定の第5回に続く)