ことのは、風にのる ~伝わる言葉で叶えよう

ことのは、風にのる ~伝わる言葉で叶えよう

闘病での不思議体験をきっかけに綴りはじめた
コピーライターのブログです。思いつくまま、気の向くままに。

Amebaでブログを始めよう!

 死んで初めて知ったことだが、まっとうに

生きた人間は、来世でどんな人生がいいか、

あるていどまで選べるのだという。ところが

俺のように、ろくでもない生き方をしたあげ

くに若くして死んでしまった場合は、そうは

いかないらしい。

 天界の案内人であるメッセンジャーによる

と、「人生の必修科目を修得しないまま下界

を卒業してしまった」人間は、来世で再び

その修得にチャレンジできるよう、担当部が

大枠の人生を決めてしまうのだという。

 だが、俺にはどうしても、どうしても来世

でやり直したいことがある。生まれ変わりた

い人物が決まっている。割りあてられた人生

を生きるわけにはいかないのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「そう言われましてもねぇ」ファイルの束を

抱え直しながら、コーディネーターの男は

言った。

 初対面の俺に挨拶もそこそこに腕をつかま

れ、いきなり面倒な陳情を聞かされるはめに

なったのだ。彼の眉間にしわが寄っていくの

がわかった。

 なんだか申し訳ない気もしたが、探し歩い

てやっと見つけたコーディネーターだ。いま

この手を離すわけにはいかない。彼のような

来世コーディネーターは人手不足で、みな

多忙を極めているらしい。次はいつ話を聞い

てもらえるかわからない。ほかの人たちの

ように次の生まれ変わりまで、のんびりと

過ごしている時間は俺にはないのだ。

 

「コーディネーターの主な仕事は一般の方へ

の来世バリエーションの案内とレクチャーで

あって、未履修者の来世コースを勝手に変え

る権限なんてありませんから」

「ですから、あなたから上層部に頼んで

いただくわけには…」

「それはできません」

 バイクで違反切符を切られたときのように

思わずつかみかかりたくなったが、なんとか

こらえた。だめだ。彼には味方でいてもらわ

ないとまずい。俺の目は、哀願する人の

それになっていたに違いない。

 

 やがて、あきらめの悪い男につかまって

しまったと観念したのか、ため息をつくと

コーディネーターは言った。

「わかりました。とにかく座って話をしまし

ょう。特殊な事情がある場合に限りですが、

特例措置として希望の来世を叶える方法が

ないわけでもありません」

 やったぜ! 俺は心の中で叫んだ。

「ただし試験があります」

「試験?!」

 おいおい、それだけは勘弁してくれ!

俺のあせり方を見て、コーディネーターは

笑って言った。

「試験といっても学校の試験とは違います

よ。あなたの運を試させてもらいます」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 特例措置というのは、こういうことだった。

決められた来世をどうしても受け入れられ

ない者は、一度だけ「くじ引き」のチャンス

が与えられる。当たりを引けば、めでたく

申請通りの(倫理的に問題がなければ、と

コーディネーターは付け加えた)来世を生き

ることができるのだ。

 

 ただし当選確率は、希望が詳細になれば

なるほど低くなる。そして運よく当たりを引い

たとしても、生まれ変わりまでの間は今生で

おろそかにした「人生の必修科目」を学ぶた

め、特別講習にみっちり参加しながら多忙な

天部スタッフのアシスタントをしなければな

らない。

 

 もちろん外れを引くリスクもある。その

場合、少々ハードな修行系の来世コースが

待っているという。

 だがワンチャンスがあること自体ありがた

い。地獄で仏、いや、ここは天国か。

とにかくそのくじに賭けるしかない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

コーディネーターは俺の話を聞きながら

書類に記入していき、あっという間に空欄を

埋めてしまった。書類のタイトルには

「特例」や「申請書」の字が見てとれた。

 

「それでは」

彼は顔を上げると、

「来世に関わるあなたのご希望は、次の

とおりですね」

そう言って、文章を読みあげはじめた。

1 いま妻のお腹にいる子どもの、将来の

伴侶となるべき人物に生まれ変わること。

2 子どもは男児であることがわかっている

ので、自身は女児として生まれ変わること。

3 1年を待たずして生まれ変わること。

以上を希望する理由として、妻、そして母親

の両人と、来世において義理家族関係となる

ことを願うものである。3の項目は、母親が

まだ元気なうちに孫息子との結婚により、

自身が今生でできなかった恩返しを孫嫁の

立場となって果たすべく、なるべく早い

出会いと結婚を望むからである。

 

 以上で間違いないですか、とこちらに視線

を向けた彼に、俺はウンウンと何度も

うなずき返した。

 

 そうだ、もう一度やり直したいのだ。遊ぶ

金のためのバイトもいつも1ヵ月と続かなか

った自分が、子どもができたことをきっかけ

に結婚し、零細企業だが正社員として就職も

した。すべてが変わろうとしていた矢先に、

バイクのスリップ事故で死んじまった。翌日

が初めての給料日という日に、あっけなく。

誰も巻き添えにしないで済んだのが、唯一の

救いではあるが。

 

 母ちゃん。女手ひとつで育ててくれた

のに、ずっと心配しかかけてこなかった。

結婚して人並みの就職をして、これから

親孝行を、というときだった。

 嫁にしてもそうだ。こんな俺と一緒に

なってくれて、もうすぐ子どもが生まれると

いうときに突然死なれて。どんなに心細い

だろうか。

 そしてまだ生まれてもいないわが子。

息子よ。待っていてほしい、必ず会いに行く

から。

 

 みんなのそばに行けるのは、おそらく二十

数年後だろう。あいつは再婚しているかもし

れないな。それがいい。幸せになれるなら、

また結婚してほしい。とにかく俺が転生して

会えるまでどうか、3人とも元気で生きて

いてくれ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 もうすぐひとりの青年の来世が決まる台の

上に、その重々しい役割とはまるで不釣り

合いな回転抽選器が乗せられていた。朱色に

塗られた八角形の木製の箱は、答えをポトリ

と吐き出す準備はもうすっかりできています

よとでも言いたげに、じっと出番を待ってい

る。

 

 その台を前に、今回の来世くじ立会人であ

るコーディネーターとメッセンジャーが座っ

ていた。

「え? ちょっと待ってくださいよ。申請書

によるとあの青年は、早期転生して妻や母親

とまた家族になるのが望みなんですよね?」

混乱した顔つきでメッセンジャーが尋ねた。

 

「それももちろん真実です。妻への思いも、

母親への思いも、愛情であることに変わりは

ない。でも実は、魂のほんとうの目的は違う

ところにあるんです」コーディネーターは静

かに答えた。

「あの青年はまだ四十九日を迎えていないか

ら、今生の記憶しか残っていない。つまり

本人もいまは忘れているのですが、彼の魂が

ほんとうに再会を求めている相手は――」

「息子か!」

「そう。申請書を上に提出する前に、ふと

気になって彼の過去生データを調べてみまし

た。あの青年の前世は女性で、もうすぐ

生まれる子どもとは深く愛し合う恋人同士

でした。ところが互いの家が不仲だった

ために、結婚を許されなかった」

「なるほど…。でも、ならばなぜ今生で

もう一度恋人同士として生まれることを

選ばなかったんだろうか」

「たまにあるのですよ。男女の別れの悲しみ

があまりに深く、魂に刻まれてしまうとね。

次の転生では決して引き裂かれることのない

ように、親子やきょうだいとして生まれて

こようとするんです」

「彼の場合は、まだ子どもに会う前に…」

「そう、今度はアクシデントによる死で、

また引き裂かれてしまった。結局は、やはり

男女としての結びつきを彼の魂は願っている

のかもしれませんね。前世と同じようにまた

男女として出会うべく、来世くじを引くこと

になったわけですから。運命の相手と再び

巡りあうためなら、魂はあらゆる手段を

講じるということです」

「…当たりを引けるでしょうか、彼は」

「愛が動機ならば、叶うはずです」

「あ、来ましたよ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 コーディネーターとメッセンジャーが

見守るなか、俺はガラポンの置かれた台に

向かって歩いて行った。台には白いテーブル

クロスのような布がかけられている。そこ

だけ見ると、まるで商店街のくじ引き会場

のようだ。

 

 しかしあの中に入っている赤や白の小さな

玉は、大型テレビや3泊4日の旅行と交換

されるためのものじゃない。来世の人生と

引き換えになるのだ。

 

 神様。いま、すぐ近くにいるであろう

神様、お願いです。もう一度、大切な人たち

と生きる時間を俺にください。

 

 ふるえそうになる右手を左手で押さえなが

ら、ガラポンのハンドルをつかんだ。わずか

に箱の角度が変わると、中の玉が動いたのが

指先に伝わり、その感触はとてつもなく重く

感じられた。

 落ち着け。俺は深く息を吸って吐き、

ありったけの思いをこめて、でも静かに

ガラポンを回しはじめた。

 ゆっくりと、運命の混ざりあう音がした。