別に根拠のない精神世界を説く訳じゃない。
そんな高尚な物はそもそも知らないです。
「足るを知る」なんて言葉がある。
これは、誰が言ったか? いつでもすでに己が充分に幸せであるという現状の幸福に気づく為のありがたいお言葉です。
その言葉自体は、どんな小さな幸福にも気付くキッカケに出来るならとても素晴らしい・・・。
だけど問題なのは「やる気・目標」を削いでしまう危険があるのです。
本当はもっと先にある目標を設定していたとしても、中途半端な満足感が邪魔をする。
結果、うまくいかない亊なんて世の中には沢山あるのに、何故?どうして? と向きあおうとしなくなる。
自分が諦めるだけなら良いのだけど、同じ様な仲間をいつも探して感染を拡大させようとしてくる。
「〇〇は無くても幸せだ」が口癖で、いつも小銭の使い途ばかり話している。
ネガティヴを好んで、心配が原動力でまったく進歩が無い。
活字にすると、不愉快な位です・・・。
何ですが、、もの凄く感染力があるのです。なんせ居心地が良い。
中途半端な満足感は達成感と誤認識させるし「やる気・目標」の必要性までも奪い盗る。
もちろん目標達成の為に「小さな成功体験の繰り返し」は絶対条件といえる。
成功体験による達成感はモチベーション維持に繫る。
これらは小さくても必ず成し遂げなくてはならない過程であり必要条件です。
決して中途半端な満足感なんかでスキップしてもいい過程では無いのです。
最高最大の満足感までは、常に枯渇していれば良いのです。
味わう筈の満足感は細分化しても、価値を見誤るのだけは絶対にダメです。
利益を求める会社なら最悪の組織だし、個人でも家庭でも、共有する目標をもつ対人関係においては不利益と言わざるえません。
不利益だからと言っても、簡単に清算出来る関係ばかりとは限りません。
乾燥の季節はインフルエンザ予防に先ずは含嗽と手洗いを、要は自己認識です。
目標達成で味わう筈の満足感を、一分もディスカウントしない為には、目標の大きさに合せた予防つまりは自分と向きあう対自分関係作りがもっとも重要です。