二○××年。七月。日本で、ある菌が発見された。その菌に感染した人は全身から発熱を起こし、体中にその菌の菌糸に覆われてやがて死亡する。そしてこの菌にはもう一つの特徴があり、その菌で死亡したものは生体反応がないまま菌によって体を操られて動きだし、菌の運び屋となる。最初の感染者が発見されてから爆発的に繁殖し、生きる屍を生むこの菌は「N10(エヌいちおー)菌(きん)」と名付けられ、政府がその存在を発表して三日後、日本から一つの街が地図から消えていた――
校舎のあちこちから嗚咽にも似た悲鳴が上がり、白い校舎の中は大混乱に陥っていた。
何が起こったかわからない。事態を冷静に把握している人などいないだろう。だが、誰に言葉にされるまでもなく、空気でみんな理解していた。
目に見える程の胞子の塊、うっすらと空気に蔓延する菌糸。熱にうなされて倒れる同級生達。
学校の中にいる人々は混乱に満ち溢れ、我先に外へ出ようと走り回っている。誰もが自分の命欲しさに足を動かすその中、恋人と手を握り合いながら走る長髪の少女、如月(きさらぎ) 皐月(さつき)の姿があった。
彼女が教室から出る頃には既に窓や壁にはぬめぬめとした菌糸が纏わり始めていて、まるで何かが腐ったような癖のある異臭が立ち込め、廊下には感染したと思わしき無数の生徒達が倒れてうめき声を上げている。
「ねぇ、雄一(ゆういち)これって」
「ああ、N10菌だろう」
「どうして。N10菌は根絶したんじゃ……」
「どうもこうも、根絶していなかったからこんな事になってるんじゃないか!」
皐月の繋いだ手の向こう側から困惑と苛立ちの籠った声が聞こえ、彼女は思わずその手を強く握る。
「皐月……?」
皐月の不安そうな表情を見て、彼女の恋人は静かに笑う。
「大丈夫だよ。なんとかしてここから脱出すればなんとかなるさ」
雄一は繋いだ手を解き、彼女の頭を撫でる。皐月はその行為に、こんな状況であるにも関わらず、心が落ち着いて行くのを感じた。
「行こう。昇降口はもうすぐそこだ」
「うん」
もう一度繋ぎ直そうと差し出す手。しかし、その手が繋がれる事はなかった。
「雄一!」