こちらは2025年7月26日 gooブログにおける最後の投稿からです。

 

まずは前回の記事を受けて。
選挙の結果は、やはりというべきかなんと言うべきか、参政党が大躍進して、議員数を2桁に伸ばしました。
ただ、投票日直前にけっこう多くのSNS投稿、Youtube投稿があり、政策や発言の大きな問題点が浮き彫りになって、最高で予想された20人台にまではいかなかったと私は解釈しております。
で、案の定、開票翌日から何かとボロが出ていて、神谷さんも右往左往状態です。私は前回述べたように、枝葉末節のウソや適当、演出で騒ぐよりも、根本の根本である憲法すなわち党の思想の根幹について、その1点だけに絞って見直し、改めて信頼に値する案や党是を語っていただくことを強く要求します。
だいたい神谷さん曰く「憲法案ですか?党員のみなさん、しっかり読んでないんじゃないですかね?」ですからね。顎が外れるほどあきれ果てました。
つまりおそらくは「自分が参加して日本を変えたい人、みんな集まれ。お金払ってセミナー受ければ、みんな党員だよ。」の党なんだと現在私は解釈しています。
そして思ったことがもう一つ。この党に集まったお金と人員の多さ。よくこの数年という短期間でここまで集めたものだと、ある意味天才性を思います。
しかもほぼ全員、落選者にしても相当数の票を稼いでいるのです。支持者の広がりには目をみはるばかりでした。
どの選挙区にも立候補者が出せる人と金の多さ。神谷さん、政治の世界でなかったら、すごい会社の経営者になれるような才能を感じます。素直にこれには恐れ入りました。でもここは政治の場です。今後を注目したいです。

さらに今回の選挙で感じたこと。「今回参政党に投票した人って、前回の都知事選で石丸さんに投票した人と丸々かぶっているのでは?」です。
今回「再生の道」での石丸さんは、都知事選に立候補した時と比べ、ずいぶん進歩しているように、私には見受けられました。ビジョンがはっきりしてきているし、説得力もある。
なのに結果は大変残念なことに。あの時石丸さんを必死に応援し、信者のように騒いでいた皆さんは、どこに行ってしまったのでしょう?

…そうです。その人たちが、そのまま今回参政党に投票した人たちだと、私はにらんでいるのです。都知事選と参議院ですから母体となる人たちは全く違いますが、支持する政党がそのように動いた人たちだと私は見ているのです。違いますか?

情報社会の中で、情報へのリテラシーは若い世代ほど高いものだと感じていたのに、ある意味真逆の結果になっているような気がしています。雰囲気にあまりにも軽く押し流されすぎ。投票には、それなりの責任をもって臨んでほしい。だって、その1票が今後の自分たちの国を作っていくのですから。
「既存の政党にはもう信用を置けない。とにかくなんかやってくれそうな新しい党に希望を託した。」その結果いちばん選んではいけない、耳触りだけよいところを選んでいませんでしたか?それを情報リテラシーと学びませんでしたか?
若さは、バカにされてはいけないのです。石丸さんはあの都知事選の後、しっかりと学び、進化しておられました。あの時支持していた皆さん、投票されましたか?

なんか、自分と同じ国民なのに、ひどく残念に思いました。有権者の若い皆さん。ぜひ「しっかり」してください。次回の選挙に注目しています。


さて一方私ですが
25日、ついに還暦を迎えました。
人生の大きな節目だと思っています。

このブログと関わり始めて約18年。自分にとって大切な思いを刻んで置ける場として、大変重要な場となっていました。
いつしか自分の人生を振り返るとき、なくてはならない「私の証」になっていたのです。
こういう場を与えてくださったgooの皆様に、厚くお礼申し上げます。

「どの場でもいいからブログを書きたい」ではなく、私の場合は、「gooだから、ここにブログをしたためたい」でした。
その理由は、2回前の記事でも触れた「教えて!goo」があったからです。
質疑応答を繰り返すうち、「そうじゃないんだよ。締め切らないでよ。」と思えること、思いが伝わらないこと、やり取りの中で真実が捻じ曲げられていっている、と危機感をもったことが多くなってきました。
当時は、「君が代」「靖国」「女性の性意識」などで、特に感じるところが多かったです。

「教えて!goo」の中で、自分が思うように論を立てて示せる場所が欲しい、と思っていました。
そこに、「finefinefine」さんとの一連のやり取りがあったのです。
これについてはかつて集中して語らせていただきましたので割愛しますが、この時のgooスタッフ様の取り計らいに、私は心を大きく動かされました。
ネットはしょせん道具。ツールに過ぎない。と思っていたのですが、「finefinefine」さんとの一連のやり取りの中で、一人の「医師」としてリアルタイムで働いてくださったgoo管理人さんのはたらきに気付いた時、
私は、結局ネットも「人間」なのだ、という思いを強くしました。

この思いを何らかの形で伝えたい、と思ったとき、私には「gooブログ」という場に踏み出そうという選択肢が生まれたのです。

ですから私にとってのブログは「goo」でなくてはいけなかったのです。スタッフの皆さんには本当に感謝しています。ありがとうございました。

あれから18年。ブログはすっかり「普通のブログ」となり、いよいよ私もgooから旅立ちます。

長い間お世話になりました。私の人生にとってかけがえのない場を与えてくださり、心から感謝申し上げます。
閉鎖までもう少し時間がありますから、また何か書き込みに来るかもしれませんが、還暦を機に、いったんここで一区切りをつけさせていただきます。
amebaに移ったブログ、まだ全然整頓されていませんが、また機会がありましたら、皆さんのぞいてみてくださいませ。

ありがとうございました。

こちらは2025年7月9日の記事からです

 

7月8日の新聞で初めて知りました。
参政党は、「創憲」といって憲法を作り直したいと。天皇は「元首」とし、「教育勅語」を重視し、「国民主権」ではなく、「国 主権」とすると。
公表しておりますのでフェイクニュースでも何でもありません。

これについて、なぜネットもマスコミも言及しないのでしょうか?天皇がからむとセンシティブだから、あるいは伝家の宝刀選挙期間中だから特定の党のことを云々いうのは避けて公平、とかいういう大ウソ?
兵庫県知事選の時あんなに堂々とネガキャンやっていたマスコミが?

この提唱は、国家の根幹にかかわる非常に重要な問題を抱えております。選挙期間中だろうが何だろうが、触れなくてどうするんですか?

この党の、党員の集め方、党員に配るDVDの法外な金額など、いろいろと宗教染みた怪しさは聞いていました。といっても比較的最近ですが。
それでもこの党の主張の中に現在の日本が抱える大きな課題に切り込もうとするところがあり、支持者が増えるのもあり得るのだろうと考えてはおりましたが、冒頭の記事のことについてだけは聞き捨てなりません。

この主張、まとめれば「大日本帝国憲法に戻せ」でしょ?最も根幹的な思想として。
党員の皆さんや支持者の皆さんは、それを是としているのですか?ずいぶん多くの支持者を集めているみたいなのですが。

天皇は、「権威」であっても、「権力」ではありません。これは、世間からは「どちらかといえば右寄り」といわれがちな小名木善行氏が常に広めている話です。
何千年と続くたった一つの家系が日本のトップとして位置付いている天皇家。こんな国は世界中ほとんど例を見ません。ですから、日本の天皇の「国を代表とするお家柄」は、世界中どこへ行っても大きな敬意をもって迎え入れられます。
これを「権威」といいます。君主、元首、という言葉に置き換えられてもよいほどのものをもっているのです。

しかし、かつての憲法下での日本は、「元首」という言葉を用い、実質、権力者としての位置づけをした。いわゆる、将軍様の、さらに上をいくゆるぎない為政者としたわけです。
写真を全国すべての学校に配り、拝ませました。政治の中心に位置づけ、決定権を持たせました。最後にはそれを最大限悪用し、多くの過ちを含んだ道に進んでいきました。

天皇家が権力を振るわなければまとまっていかなかった古代と違い、平安時代以降、天皇は実質「権威」であり続けました。
権力をふるおうとした天皇(ご本人なりに大きなお考えはあったのですが)が動いた時、ろくなことにならなかったことは歴史がはっきり証明しています。

天皇の一系が日本の国のありように大きく関わり続けていたことを学んでいない人は多い。それは確かです。我が国のすばらしさを語るとき、天皇という存在は切っても切れない関係にあります。残念ながらそれを学んでいない人はものすごくたくさんおり、もちろん私も浅学です。だから参政党をはじめとした人たちの「もっと皇室について畏敬と学びを」の気持ちがわからないとは言いません。しかし、決して権力を握ってはいけないのです。大日本帝国憲法はそれを行い、最大限の悪用をしてしまったのです。徳川が退いた世で、日本には新しい「葵のご門」に当たる存在がないと国民は安心できなかった時代ですから、事情は分かるのですが、結末は皆さんが知る通りです。

教育勅語もその一つ。
これも私がこのブログで何度も触れてきました。時代背景として、国民には「いざ鎌倉」のご主人に当たる存在が必要でした。それにあたるのが天皇。
ですから、教育勅語の最後の項目にはそういうことが書いてあります。「国民はいざとなったら私のために心を一つにして動きたまえ」でも、それ以外の項目は、至極一般的な、生きる上での心構えがうたってある。

歴史的に価値あるものとして、それを改めて読むのを悪いとは言いません。でも今の時代、それをそらんじて読ませることに、それほどの意義は感じません。
それは、「子曰く、〇〇〇」であったり、「ならぬことはならぬのです」の会津の十のおきて レベルのことに過ぎない。洗脳まではできませんし、させる必要もない。
道徳という授業があるからです。

「国民主権」といわず、「国に主権」とは???やはり元首である天皇に政治的責任を持たせ、「国体」という言葉を再び悪用しようとしているとしか、私には読み取れません。
私は、「国体」という言葉は非常に重要な言葉だと思っています。我々の生活主体、守ってくれている存在、一体感の意識、その母体、最も大切にしていきたいものとして国という意識を持つこと。その意識は大切です。
でも、主権は国って…説明をあやふやにしているところに怪しさを感じます。
なんにせよ、今の憲法は壊してしまうというのがこの党の一番やりたいことということ。絶対に知っておかなければならないのです。

思うようにいかないとき、この党の方々が起こす活動として、「クーデター」の現実性を私は恐れます。

現実的に考えましょう。そんな憲法が、数年のうちに国民の理解を得て、新しく作れると思いますか?現在の陛下は、それを是とするのでしょうか?私は、違うと思いますよ。
どうにもならないとき、ここまでの考えを持った大きな集団がやりそうなこと それは2.26事件や5.15事件のようなクーデター
今支持している皆さん、そんなことをしたいと思っているのですか?

希望や強い意志を持った前向きな人が、この党の支持者には非常に多いように、私には見受けられます。党是は変えることができますから、今後も学んでいただきたい。しかし、
「間違っていたことに対しては責任もって訂正の公表をする」ことだけは忘れないでください。私はこの党は、まだ学び足りないところがあると思っています。党の運営についても、多少疑っております。

これは 2025年7月6日の記事です。

 

何とか、ブログ引っ越しできました。
引っ越し先は、アメブロです。
https://ameblo.jp/hanninnkyo/

数年前、本名名義で投稿しておきたい内容があってアメブロにアカウントを作り、一つだけだったか、記事を投稿して備忘録にしておいたのです。
いくつもアカウントやチャンネルを作るのは嫌だったので、どうせなら、ということでそのアカウントを引っ越し先に選び、申請しておりました。

このたびデータ引っ越しの通知を受け取り、アメブロの自分のページを見てきました。
そうしたら、ちゃっかり(?)自分の本名の記事が時系列順に組み込まれていて、現在ちょっとあわてています。
一応身元を隠した上で述べることができる記事がほぼ全てですので、今後何らかの対策を、と考えています。

それにしても、感慨深いです。

私は、「goo」というサイトにお力添えをいただいて、ネットの世界に入り、どうにかやっていくことができるようになりました。
はじめは「教えて!goo」でした。以前にも記しましたが、当時のネットは今ほどオープンではなく、知りたいことがあってもどうすればいいのかわからない。
交友関係も広くないし、ましてやパソコン、ネットの話題となるとさらに情報源がない。仕方なくネット内の適当なところで質問しても
「教えてほしいのなら、それなりの情報ネタを渡してくれねえとなぁ~。こちとらパソコンのスキルつけるためにどれほど苦労したと思ってんだよ?マシン語で基本的なプログラムぐらい組めるんだろうな?」
という圧があからさまで、いつも途方に暮れていました。

そんな時に出会った「教えて!goo」は、私にとっては革命的なツールであり、神様のような存在でした。ちょっと大げさか。
あらゆるジャンルの質疑応答を見て、「ああそうなのか」と知ることができました。しかもここでは、自分が回答者側になれる。良回答、などと認めてももらえる。
あっという間にとりこになり、むしろ回答者としてささやかな「生きがい」を感じ始める場になってしまいました。