もう、耐えきれない…に近い。


5月にもう耐えきれないって思った矢先、にわかに


信じられない良いことがあって、このまま頑張れって


事だと信じて気を取り戻したつもりだったんだけどね。




そういえば、今日の朝駅で見かけたのNさんだよね??


一緒にいたのはお母さんと産まれた赤ちゃん??


気が付いたら産休に入っていたね。


私もそんなふうに、いつかさらりと産休に入りたいんだよね。


年齢的には、いつか、なあんて言いたくない。




妊婦さんになったひと何人いたかなあ…。


そういえば、同じく同じ職場関係でしばらくお世話に


なっている人も妊婦さんになったのを知ったんだ。


会社ってそういうところなんだね。




私にもそういう日が早く来て欲しいんだよね。


そんなことばかり書いているよね。




嘆いていても仕方ないので、今できることを


精一杯しよう。


今年もヨーロッパに行ってきます。


昨年、パリ以外は1人でもこどくでなかった。


ベネチアも誰かと一緒のほうがロマンチックで


よいところだったけどね。


そこまでさびしくなかった。








あの死にたくなるような気持ちはなんだったんだろう。


いくら鬱に感じなくてもその気持ちが本当なら


私は病気なんだと思う。


本当にそう思っていた。


でもどうしてそこまで強い感情を抱くのか


それが自分でも不思議だった。


結局ストレスだったといえるのか…。


今だって、100パーセント解放された訳では


ないのだけど、会わなくてよくて済む日が


続くと調子がいい。




その存在は、本当はまるでただの


「ストレスの引き金」なんだと思う。




私が追いつめられた理由は、将来に


自信がないからだった。誰だって、将来に


自信がないからみんな話題にする類の


こと。


なのに…。




認知行動療法を習った人(というのかはよく


わからない…)認知のゆがみって分かりますよね?




それから……このことは絶対にこうなってほしいと


いう期待が強すぎると支障が出てくるようなことも


学んで、私の苦しみはそれだっ、て安堵しました。


結局、すべてストレスなのか…。




ストレス、なくしたい…。


このことではもう苦しみたくない。


早く解放されたい…。


だから早くこの人と思える人に出会いたい…。


あの人に、久しぶりにすれ違った。


一瞬目をそらされちゃったんだけど、


私が挨拶したら、ちゃんと会釈してくれた。





私、いつのまにか諦めてしまっていたんだね。



もうあの部屋には来なくなってしまったから。





ドキドキしたころの気持ち、忘れられないな。


そうでもないな。


楽しい思い出だったって、思い出す。