手紙を書かなくなって久しいです。僕が最後に手紙を書いたのは、確か大学時代でした。両親に宛てたもので、言葉遣いや表現方法に悩んだのを良く覚えています。会話する様に書くと、子供っぽくなってしまうので、堅い表現の手紙になってしまいます。今のメールとは違い、手紙にはその人の常識力や語彙力が出てきます。そして、書いてる人の気持ちも読み取れるのが手紙の凄い所です。気持ちを文章に込める事ができるからこそ、直接言えなかった事も手紙の中では言えるのかもしれませんね。あの時言えなかった真実、告白、気持ちを自分の中に押し込めている人は少なくないと思います。湊かなえ「往復書簡」に出てくる色々な告白に触れ、手紙がただの通信手段ではなく、人の気持ちを運んでくれる事を思い出しました。手紙を書く時ほど、相手の気持ちを考える事ってないかも…そんな手紙の素晴らしさと、手紙だからできる切ないミステリー作品。
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僕の母方の祖父は通信兵、祖母は父方も母方も戦時中は日本赤十字で看護婦をしていました。母方の祖母は満州で、父方の祖父は札幌で勤務していたそうです。こんな話を聞いたのは僕が中学生の頃だから、もう10数年も前になる。当時は戦争という事に対する実感もなく、別世界の話を聞いてるような気がしていた。「永遠の0」の主人公の祖父は零戦のパイロットだった。真珠湾攻撃から終戦直前まで戦い抜いたのだから、エリートなんだろう。しかし、当時の戦友達の評価は賛否両論。優秀、臆病、勇猛、ヘタレ、恩人…主人公はあるきっかけで、亡き祖父の足跡の調査を始める。調査を進めるうちに、当時の日本軍、特に海軍の姿、軍人達の胸の内を知ってゆく。自分が命をかけるのは国の為、母の為、妻や子供の為なのか。死ぬ事が正しいのか、無様でも家族の為に生きて帰るのは悪なのか?読み進めて行くうちに、主人公と同じように悩み、苦しみ、悲しみ、怒りという感情が込み上げてきます。そして、正義は1つのじゃない事を知ります。歴史の知識があればあるほど混乱していきます。「一体誰が何が正しいのか!」…この小説は戦争に実感を持たない我々の1つの教科書となる作品です。太平洋戦争入門書にもなります。ちなみに僕の祖母は札幌の福住駅の隣のお寺で看護に当たっていたそうです。
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今は歴史好きが増えてきたけど、「歴史の何が楽しいの?」という質問を今でも良く受ける。僕が歴史にのめり込んだ理由は2つ。一つは、失われた文化を知る事へのロマン。もう一つは、日本人として生まれ生きているからには、過去の日本人が生きた足跡を知る義務があると信じているんだ。過去の人達の人生の中には、僕と同じ悩みを抱え克服して来た人もたくさんいる、つまりは、これから先の僕のプラスになる事が歴史の中には無数に詰まっている。更に、自分の国の歴史を学ぶ事は、今、日本が直面している海外との関係の原点を知る事だと思う。例えば中国、台湾、朝鮮の反日感情やら領海侵犯がなぜ起こるのか、という事も歴史を知らなければチンプンカンプンなお話。歴史を知らなければ理解できない現代社会の問題はたくさんある。歴史を学校で勉強するのは、将来、自分たちが外国と上手に付き合う為の基礎の部分なんじゃないかな。元々仲が悪かった友達と仲良くなるには、なんで仲が悪かったのかを解決できないとダメなのと一緒だと思う。歴史は年号を覚えるのが大変(-.-;)っていう人がいるけど、年代なんか覚えなくても大丈夫。大切なのは、僕らの先祖が歩んできたストーリー、流れを知る事じゃないかな。